2017. 01. 30  
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  やっと2月です。暖かくなったり、寒くなったり体調維持に大変です。先日、大変お世話になった元校長先生の息子さんから「寒中見舞い」が届きました。昨年の年賀状には返事が来ていましたが、今年は来ないなあと思っていたところでした。 88歳でお亡くなりになられたようです。
  生前お会いしていたとき、いつも口にされていたことは「人間ほどよく長生きすることですね。子ども達に迷惑にならないぐらいがいいですね。」とおっしゃっていました。ご最後の様子は知りませんがきっとおっしゃっていた生き方をされたと思います。この頃は、身近な人や知人が亡くなると、自分はどんな死に方をするのかなと思うようになってきています。新聞などの報道でも70歳を超えている方が亡くなると「高齢の方が」いう冠がつきます。高齢者と言えば一番の問題は認知症です。厚生省の予測では10年後には2012年400万人の約1.5倍に増加する見込み、全国で認知症を 患う人の数が2025年には700万人を超えるとの推計です。65歳以上の高齢者 のうち、5人に1人が認知症に罹患する計算となるそうです。認知症でなくなることは避けたいという思いはあります。
  寿命が延びてきた分、認知症の世話で大変な思いをされている方が多いと思います。思い返してみれば、私の父と母の場合二人とも認知症にならず亡くなっています。77歳と88歳でした。父の死因は肝臓癌でした。入院の繰り返しでしたが最後は自宅で母と二人で過ごしていました。
  以前にも書いた気がしますが、亡くなる日の夜に母に「ありがとう。」と言ったそうです。どちらかと言えば亭主関白だった父でしたので母も驚いたと言っていました。そして、自分がもう死を迎えることが分かって不安だったのか、その夜は母に「手を繋いでいてほしい」と言って眠りについたそうです。母が目を覚ました時にはもう息を引き取っていたようです。認知症になっていなかったので死に対する恐怖みたいなものを感じていたのではと思いました。認知症は関わる人には大変ですが本人にとっては、死に対する恐怖がなくていいのかもとも思いました。父は、最も愛している人に手を繋いで貰って旅立てるなんて幸せな死に方だったなと思いました。母は風邪をこじらし肺炎になり寝たきりになって徐々に弱っていき病院のベットで妹に看取られて亡くなりました。
 自分の死に際は、父のようなのか母のようなのかは分かりませんが、子ども達に迷惑をかけなかった父母のような死に方をしたいとは思っていますが、それより先に、とにかく今は、夫婦元気に少しでも長生きしていく努力はしていこうと思っています。
 
2017. 01. 27  
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   昨日は旧同僚の誘いで,かみさんと四人で、最近できた和食料理店にランチに行きました。席は7席しかなく予約制です。料理は懐石風で色んなものが少しずつプレートの乗っていました。塩加減もちょうど良く、油ものも少なくとても食べやすかったす。息子さんとお母さんらしき人と二人でやっておられます。料金も2000円と割安でした。又何かの機会によってみたいと思いました。食事の後は同じ並びの喫茶店に行って近況やら昔話やら、今後の話やらと2時間近くも、一杯の珈琲で粘ってしまいました。住んでいる駅の近くでしたので帰りは散歩もして帰りました。
 そして今日の午前中は、いつもの近所の同僚ご夫婦とのお茶会を我が家の掘りごたつに入ってやりました。昨晩ココア入りのシホンケーキを作っておきました。焼きが少し足らずふくらみが少し悪かったですが、味は良かったです。久しぶりのケーキです。ここでも2時間ばかり、正月に孫の所に行ってきた話やら鎌倉見物の話やら写真を見せて貰いながら聞いたり最近の話題についての感想やら、もろもろの雑談を2時間ばかり楽しみました。
 久しぶりにたくさん喋って気持ちが晴れました。色々つき付き合ってくれる友人がいて本当に感謝しています。他人と喋ると本当に体にいいことを実感します。
2017. 01. 24  
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大阪も珍しく雪がちらつきました。散歩の時は降っていませんでした。昨日は心臓の主治医の診察を受けました。不正脈についてはあまり心配せんでもいいとの事でした。日に何回か動悸がしますが危険なものではないようです。主治医と話しているとなんだか治った気がします。医者との信頼関係が一番大切だなと思いました。早く1年が経って無事に狭窄していないことを祈っていますのでこの頃は日にちが経つのがゆっくりのような気がしています。
2017. 01. 20  
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昨年末より今ひとつ体調がが優れず、みんなが集まってくれたときにはあまりI調を見せるわけにもいかず我慢もしていました。心残りは一番下の孫娘の遊び相手をしてやれなかったことです。正月休みが明けてすぐに病院に行ってまずホルターという24時間心電図をやって貰いました。次にこのところ親友の先生がよく脳出血や、脳梗塞で倒れられているのを聞き,脳のMRIも撮って貰いました。心電図の方は必ずしもいい結果ではありませんでしたが、経過観察でもいいのではという診断でしたが、担当の先生でなかったので23日にもう一度いつもの先生と相談することになっています。脳のMRIは今日が診断日でした。何の問題もなくて良かったですが、今朝からずーと不整脈が続き動悸がしていることを伝えると脳神経外科の先生でしたが、「明日、あさってが休みにはいるので今日診てもらっとき」と言って、心電図とレントゲンを撮る手配をしてくれ、内科の先生に回してくれました。結果は重大なものではないとのことでした。脳外科の先生はこの病院の副院長先生でした。役職のある先生に見て貰うと何でもやることが早いなといつも思います。動悸は精神的なものもあり色々見て貰って安心したのか少しおさまり、、お昼になったので病院の食堂で昼食を食べて帰りました。病院が休みになる前にこうしてやっていただき本当に感謝しました。今年は病気のブログを減らそうと思っていますがなかなか難しいです。
2017. 01. 15  
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今日の新聞によりますと小学校の先生の週の労働時間が全員50時間以上で60時間を超えるのは72.9%と出ていました。私の時代に言われた言葉に「提灯学校」というのがあります。夜遅くまで電気がついている学校を揶揄した言葉です。勤務時間は書類上朝8時から夜の5時までです。1日の労働時間は法令上8時間で、その場合1時間の休憩時間を与えるとなっていますが、小学校では給食があり給食指導をしますので実質の休憩時間はありません。実質の指導に関する子どもと向き合う労働時間は朝練や夕練などのクラブをのぞけば、週45時間になります。子どもを帰してからの会議やら書類の整理やらと5時に帰るることはほとんど無いと思います。週60時間勤務は書類上のことで実際はもっと多いはずです。多分これは学校にいる時間あるいは家庭訪問している時間の合計だろうと思います。
  教師の大変なところは実は帰ってからのことが多いと思います。なぜなら、子どもに教えるためには様々な準備がいります。何を使ってどのように指導すればいいのか、どんな順番でやっていけばよいのか、何を用意しなければならないのかなど家庭持ちの先生でしたら夕食を終えてから寝るまでに準備している先生が多いはずです。その時間を入れれば60時間どころではないです。私が現役の頃は夜12時までに床についたことはありませんでした。今でも多くの先生がそうではないかと思います。学校にいる時間だけが就業時間ではないのです。それの倍ぐらい、多くの先生は家に仕事を持ち帰ってやっていることを知ってほしいと思います。
 最も負担に感じる仕事は、「保護者、地域からの要望、苦情への対応」が8割を超えてます。モンスターが現れると教師生命を奪われる先生もいます。教育は「共育」であり「協育」でもあります。文句や要求はしてもいいですが、自分のやるべき事もやってからにしてほしいと思ったこと、言ったことは何度もありました。時には新聞紙上をにぎわす、教師落第の教師もいますが、先生の大半はそうではなく身を削っていることを知ってほしいと思います。
 負担に感ずる事で多いのは「国や教育委員会からのアンケート」ということのようです。委員会にいたとき年間2000以上の書類が来て、各校に発送されているのに驚きました。中には何のための調査か分からないものや通達も多くあった気もします。アンケートなどをとるだけならいいですが、それの集計、分析までさせられては本来の指導の時間を奪われてしまいます。教師にやらせず専任の事務方を置きそれにやらせる政策をとってほしいと思ったものでした。
 精神疾患になる教師は今でも決して減ってはいません。先生が子どもと向き合える時間をもっと保証する教育行政がほしいです。
2017. 01. 13  
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  今日は、八尾市、東大阪市在住の画家の作品展を西部百貨店に観に行きました。かみさんの昔の友人もこの会の会員になっていますので毎年観に行きます。今は、ちょっとした行き違いでかみさんとは連絡も取っていませんが作品展にはいつも観に行っています。彼女のテーマが「生命」のようですが、どうも絵がおどろおどろしくて好きになれません。でも描くエネルギーは感じます。
 絵を鑑賞した帰りに、近くの三田屋本店の八尾店に寄ってステーキランチを食べました。この前の日曜日にうどんだけで申し訳なかったのでかみさんの希望で立ち寄りました。いつも思うのですが、平日のランチの時間にはいつもシニアだらけです。しかもおばちゃんばかりです。女性が長生きする源なんでしょうね。
2017. 01. 11  
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 正月の間、薬の副作用だと思いますが胃痛で、あまりかみさんの仕事を減らしてあげることができなく、孤軍奮闘しているかみさんに感謝していました。みんなが帰った後、また二人だけの生活に戻ってちょっとホッとしたのか胃痛も治まり、、かみさんの慰労をかねて久しぶりに9日に美術館に行き、夕食はちょっと豪勢にと思って家を出ました。美術館は結構人が来ていました。絵を見て回っていると又急に胃痛が襲ってきてちょっと休憩しました。何でこんな時にと恨めしく思いました。美術館を出て食事に行く予定でしたがあまり食べられそうもないので、ホテルに行く途中のうどん屋でうどんを食べる羽目になりました。又かみさんをがっかりさせてしまいました。ホテルにについて横になっていて少しましにはなりましたが、お風呂にも入る気がしなく早々と床につき休みました。
 朝食バイキングが私は好きなのですが、本当に食べたいものが少なく、お粥にして消化の良いものを食べました。かみさんはたくさん食べて満足そうでしたのでちょっと良かったです。又来月ぐらいにはもっと元気になって近場の旅行をしたいと思っています。
2017. 01. 05  
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  正月3ケ日はあっという間に過ぎました。久しぶりにみんなの顔を見て嬉しかったです。残念なことに薬の副作用で胃痛があり一番下の孫とも遊んでやれず可愛そうなことしたなと思っています。家族みんながとにかく元気な事が一番です。私がちょっと不調だったためかみさんが大奮闘していました。ちょっと申し訳なかったです。今年はかみさんは年女です。できるだけ出かけて楽しい一年にしたいと思っています。
2017. 01. 01  
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プロフィール

よたろう

Author:よたろう
経歴:
元自動車セールスマン、
元 教師、
元 教育委員会指導主事、
元 校長、
現在:フリーター
子 2人 ,2人とも結婚  
孫 3人
 経歴だけ見たら、すごく真面目で、堅物のようですが、いたって普通のジジです。ボケ防止のためにもブログを開設しました。多くの方々と交流できたらと思っています。
子育て、教育、政治、よもやま話しませんか。

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