2015. 03. 26  
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(田舎の庭のしだれ梅、白蓮、山桃の木)

 朝、目をさまし、コップに牛乳と野菜ジュースを入れ、パンを焼いてジャムを塗る。そんな軽い朝食を食べながら「マッサン」を見て、パソコンの電源を入れる。コメントを確認し、ブログ訪問を始める。これが私の、いつもの朝の様子です。
 お昼になりますと、今日はパスタか、うどんか焼きめしか、サンドウイッチか、雑煮か(我が家では餅好きのかみさんが年中、餅をついて冷凍室に常備しています。)とその日に食べたいものを作って食べます。最近は、昼食、夕食を作るのは私の担当です。いつも、かみさんの「おいしい!」という言葉におだてられいつのまにか私の担当になっています。
 2時頃になりますとかみさんと散歩に出かけます。娘達のこと、孫のこと、ご近所さんのこと、最近のニュースのことなどたわいもないことをしゃべりながら1時間ぐらい歩きます。散歩の終わりは、家の近所のスーパーによって夕食の食材を買って帰ります。
 鉢植えの植木の世話をし、ちょっと昼寝をします。かみさんは我流のピアノの練習をしに二階に上がります。我流ですので一向に上達しません。二階で弾いていますので雑音(?)は聞かなくてすみます。夕食の下ごしらえをして「ミヤネ屋」で話題のニュースを見て、掘りごたつでごろんとして過ごします。夕方になり、夕食の準備に取りかかります。夕食の献立はテレビの料理番組で紹介され食べたくなったものをよく作ります。5時半には食べます。6時半には長女から電話がかかってきます。1時間半はかみさんが相手をしています。
 ゴールデンタイムのテレビを見て、風呂に入って床につきます。若い頃はあまり風呂好きではなく1週間入らないこともありましたが、この頃は加齢臭が気になりよく入るようになりました。真冬でも風呂上がりは暑くて少し冷まさないと眠れませんので湯冷めしない程度に冷ましてから寝ます。寝つきはよく布団に入るとすぐに眠ります。あまり夢を見ることなく眠っています。夜間の頻尿もなく5時間は眠れます。
 こんなことの繰り返しの日常です。退職してしばらくは空しさみたいなものを感じていましたが、この頃はこの平々凡々な日常に馴れてきました。娘達や若い人たちが必死で働いているのを見ながら、なんと贅沢な日々だとも感じています。心ときめくこともないかわりに、心痛めることもない日常に幸せを感じる昨今です。
2015. 03. 21  
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 今、21日午後9時に帰ってきました。お義母さんとも会ってきました。もうほとんど食事もとれず、点滴で命を繋いでいる状況でした。言葉もなく表情もほとんどありませんが、目はまだ生きていました。私の顔を見て、少し顔が動いて笑っていたような気がしたとかみさんが言っていました。つい数ヶ月前は名前を言えていましたが、今は、何とか目を動かすだけのお義母さんの様子にとても寂しさを覚えました。この数ヶ月の衰え方はとても早いものでした。私の母の様子を思い出しますと、さほど長くはないのではないかと感じてしまいました。
 20日には下関の中学校の同窓会に参加してきました。今回は80数名の参加がありました。開会に先立って、、物故者に黙祷を捧げました。連絡がついている方だけですが50数名もこの10年の間に亡くなられていました。70才がまさに古来希なりということを改めて思いました。次回は、77才まで待たず3年後にまた開催するということを全員一致で決め、お互いに元気に再会することを誓って解散しました。
 21日には同期生がやっている、駅近くのふぐ料理店で有志の会をやりました。大阪で食べる極薄のてっさでなく、しっかり歯ごたえのあるふぐの刺身を久しぶりに堪能しました。同じ店で先日話したA先生の6年生のクラス会をやっていました。頃合いを見計らって、クラス会に侵入しA先生に ご挨拶しました。
 「先生にどつかれたよたろうです。覚えていらっしゃるでしょうか。」と切り出すと初めはちょっと考えておられましたが、すぐに 「ああ、隣の組のよたろう君。翌日練習に来てくれて感激したことを思い出した。」と58年前のことを覚えていてくれました。私は、よほど印象に残った腕白坊主だったのでしょう。先生に、私が教師になったとき先生の私に対する対応がとても役に立ったこと、まさに恩師でしたと伝え、固い握手をしていただき別れました。今年82才になられる先生ですがとてもお元気でした。
 とてもお会いしたかった先生に会え、多くの「かつてはおとめ、いましゅうとめ」さん達ともお会いして一気に中学校時代に遡って気持ちが若返った2日間でした。かみさんより一足早く大阪に戻ってきました。
2015. 03. 15  
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  昭和35年同期会
  祝:古希
 明日からかみさんの里、熊本に帰ります。例によってパソコンができる環境ではありませんのでこの1週間はパソコンなしの生活をしてきます。スマホは持たないことにしていますので、ガラケーからの更新はお金がかかり過ぎなのでしません。お義母さんの様子が気になっています。多分もう認知してはもらえないと思いますがお会いしてこようと思っています。
 20日には下関で小中学校の同窓会の全国大会があります。古希の集いです。1学年500人のマンモス小学校、中学校でした。60歳の時、65歳の時、同窓会が開かれましたが、5年ぶりの開催です。年々訃報が増えてきて一回一回の集まりで、これで会うのは最後かなと思いながら旧交を温めています。今年は何人の方とお会いできるかとても楽しみにしています。
 同窓会の翌日には、下関の駅前でふぐ割烹料理店を営んでいる同窓生の店で気の合う者が集まって二次会をやります。話に寄れば、同じ時間に別の席で私が忘れることのできない先生のクラスの同窓会が催されるそうです。その担任の先生は、音楽が得意で多分、音楽の時間は授業交換されていて、私のクラスの音楽を担当されていたのではと思います。
 以前に紹介したことがありますが、音楽の授業中ハーモニカか何か忘れ物をして、授業中することがなく隣の子とおしゃべりをして立たされたのです。立たされても周りの子にちょっかい出して、今度は後ろに立たされたのですがおしゃべりな私はそこでも、一番後ろの子に話しかけ、先生の堪忍袋の緒を切ってしまったようです。
 「そんなにじゃまするなら、もう帰れ!!」といわれ素直な私(?)は「そうか、帰らなければならないのだな。」と思って、荷物を持って運動場に出て行ったのです。しばらくすると後ろから先生が追っかけてきて「何で帰るんじゃ。帰れるものなら帰ってみろ。」と襟首をつかまれ教室に連れ戻され頭を板壁にドンドンとぶつけられました。「帰れ。」というから帰ろうとしたまでなのに何で、という思いがしていたのを覚えています。後に、教師になった時、子どもを叱るときに感情的になって「帰れ。」というのは絶対だめだと戒めたものです。なぜなら、私のような素直な(?)子が必ずいるからです。
  この先生が忘れられない先生になったのは、その後の先生の対応です。その日、放課後当時学芸会といううものがありましたが、その学芸会のための音楽の練習の担当の先生がその先生でした。私は、知らんぷりして帰ることもできたのですが、何となくそうしたら先生に負けたような気がして、練習に参加したのです。すると、先生が「ようきたな。今日は来ずに帰ると思っていたけど来てくれて嬉しい。さっきは先生もカッときてすまなかった。」と謝ってくれたのです。私は先生が謝ってくれるなんて思っていなかったのでとても嬉しくなり、先生が大好きになったのです。教師の体罰はだめですが、子どもを叱った後の対応がとても大事なんだと教師になって心に留めたことであります。
 そんな思い出深い先生にお会いできそうで、今からドキドキしています。少なくとも80才以上にはなられておられると思いますが、私のこと覚えていらっしゃらないとは思いますがお会いするのが楽しみです。
 お母さんの様子や、同窓会の様子は帰ってきてからまたアップします。この一週間訪問できませんがよろしくお願いいたします。
2015. 03. 13  
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 初孫娘の中学校の卒業式でした。離れているので参加はしませんでしたが、感無量といった感じです。15年前、母親のマタニティブルーで、我が家に生まれて2ヶ月半いました。はじめの1ヶ月は夜泣きがひどく母親に代わって何度もあやしたことが懐かしいです。物心つく頃には週末になったらやってきてジジババと公園で遊んだり、旅行したり、映画に行ったりして楽しい時間を過ごしました。どこに連れて行っても喜び、連れて行き甲斐のある子でした。
 この一年は、いじめにあったり、馬鹿な大人に罵声を浴びせられたりと、とてもつらい1年だったと思います。そのたびに支えになってくれたのは、幼なじみのR君をはじめとした男の子達でした。この1週間は、最後の授業だったと涙し、卒業式は涙がとまらないんじゃないかと言っていました。最後の呼びかけの時のピアノを弾くことになっていましたので涙で弾けなくなるんじゃないかと心配してました。夜、電話をしましたら無事に弾けたとのことでホッとしました。涙、涙の卒業式だったようです。
 デコメールで「卒業おめでとう。いろんなことがあったけど、いい友達に助けて貰い、今日の日を迎えることができたね。これからも友達を大切にがんばってね。」と送りました。
 4月から、新しい高校生活です。本人も言っていますが女の子とつきあうのはしんどい、男の子の方が気が楽だと言っています。孫娘の行く高校は、女子が3分の1と男子が多い学校です。孫娘にあった高校だと思います。充実した高校生活を送ってほしいと思っています。
 
2015. 03. 12  
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 もうなんとかしてよ!!アホボンのハトポッポ。世界の紛争地に行ってロシアの独裁者を正当化する発言。世界を敵に回す気か。大した知識も思慮もなく何とか目立ちたいだけの行動や発言が日本を危うくするということがわからないアホボンには本当に腹が立ちます。国を売って己の宣伝をしているハトポッポは誰か抑えられないのでしょうか。
 こんなのが日本の総理大臣であったことが信じられません。元総理という肩書とアホさを買われロシアや韓国、中国に招待されてはその国に有利な発言を引き出されていることに恥を知れといいたいです。もう帰ってくるな。ビザを取り上げ海外へ行けないようにしてほしいと思います。一体いつになったらこんな国賊的な言動を止めるのでしょうね。
 大阪のパワハラ教育長が辞職しました。当然のことです。何とか粘りたかったみたいですが、大阪市、堺市を除く41市町村の教育長連名の「厳しい処分をもとめる」といった声明などまさに民意が動かしたような気がします。親友の市長は、ことここに至っても辞める必要がないなどといっていますが身内に甘すぎます。次にどんな教育長が来るかわかりませんが政治的に動くのでなく本当に子供のことを中心に考えるトップが来てほしいです。あまり期待はできませんが・・・。
2015. 03. 09  
 日曜日には、久しぶりに神戸に行きました。以前は大阪駅まで行って阪急電車に乗っていっていましたが、今は近鉄電車と阪神電車がつながり、乗り換えなしで1時間も経たずにいけるようになりました。甲子園球場にも一本道です。
 神戸に行くのは主に美術展が開催されている時です。とっている新聞社の主催でしたら必ず招待券を貰っていきます。
兵庫県立美術館
ホドラー展
dc030905(修整1)_convert_20150309195547_convert_20150309200254 感情Ⅲ_convert_20150309195727 dc030920(修整1)_convert_20150309174155
恍惚とした女             感情Ⅲ              木を伐る人 
 この美術館のいいところは、65才以上はいつでも半額なところです。今回は19世紀末にスイスで活躍したホドラーの作品が105点展示されていました。独特の女性の描き方で、ふくよかさはあまりなく、あまりエロチシズムを感じるものではありませんが、独特の世界がありました。「木を伐る人」などはスイスの紙幣のデザインに使われています。

神戸市立博物館
チューリッヒ美術館展
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・シャガール《婚礼の光》  ・ゴッホ 《サント= マリーの白い小屋》 小さい文字・アンリ・ルソー《X氏の肖像(ピエール・ロティ)》

 神戸で行われる国際的な美術展はほとんどこの博物館が会場になります。今回はスイスのチューリッヒ美術館展でした。いわゆる巨匠といわれる人たちの作品が74点展示されていました。
 モネ、ゴーギャン、セザンヌ、ボナール、ムンク、ベックマン、ロダン、マティス、ヴラマンク、ピカソ、ジャコメッティ、クレー、ミロ、、ダリと教科書で見る人たちの絵が一堂に会していたのには感動しました。
 大丸デパートで夕食をし、地下の食品売り場のパン屋さんに夜食用のパンを買いに行きましたが、あまりの高さに買うのをやめて、ホテルまで商店街を歩いていきました。その途中のコンビニに焼きたてのパンありますと表示されていましたので、試しに入ってみますと本当にほかほかのパンが100円で売っていました。コンビニで焼いているなんて時代も変わったなあと思いました。パンとコーヒーを買って宿に向かいました。あたたかく安いパンをぶら下げて歩きながら、我ながら「貧乏性」だなあと思ってしまいました。

香雪美術館
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春日蜿々(紅梅)                    春日蜿々(白梅)
 
 神戸にきたら必ず泊まる神戸ポートタワーホテルに泊まりました。このホテルのいいところは大浴場があって美味しい朝食バイキングがあるところです。今年改装してお風呂もとてもきれいになり有料になっていましたが十分値打ちがありました。
 翌日は、月曜日でも展覧会があるときは無休になる香雪美術館に向かいました。天気予報がずれて、雨が降っていました。雨の中にたたずむ美術館もまた趣がありました。この美術館は、朝日新聞社の創業者・村山龍平氏が蒐集した日本、東洋の古美術コレクションなどを収藏する美術館として、昭和48年(1973)に開館したものです。趣のある庭や旧宅もあり落ち着く場所です。
 今回は100才にして尚、現役の日本画家 郷倉和子さんの展覧会でした。初期の作品から今日までの作品が39点展示されていました。100歳の時に描かれた富士山をモチーフにした「朧朧」という作品を見ましたらとっても元気を貰いました。
 今回の美術展巡りの総歩数は17,783歩でした。旅行しますと三度三度しっかり食べますので、夫婦とも太ります。
2015. 03. 07  
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 このところ国会中継をを見ていますと腹の立つことが多すぎます。先日までは企業の献金問題ばかりが追求されていました。あげくには未亡人議員のキス事件なんか国会で質問することかといったことばかりをさも鬼の首でも捕ったような顔で質問する野党議員にがっかりすると共にむかついてきます。
 確かに企業献金や議員としての品格の問題は見過ごすことはできませんが、こんなことは予算委員会でなくもっと別のところでけりをつけられないものかと思います。国会って、国の行く末を考え議論して方向を定める機関だと思うのです。
とっても重要な案件に対しては、たいした反論もなく形式的な追求で、いつの間にか政府の思い通りになっていってしまう最近の動向にとても危険を感じてしまいます。
 以前の自由民主党という党は自浄能力があったような気がします。同じ党の中に反対勢力があって適当に調和されていたような気がしますが、今は、物言えば唇寒しの独裁的な党に変質しているような気がします。
 自衛隊が他国に行って武力行使ができるようにするとか、文民統制をやめて制服組の力を強めるとか、武器輸出を可能にするとか、なんだかかつて歩んだ道を行っているような気がしてなりません。
 隣国の脅威に対応しなければならないことにかこつけてどんどん危険な方向に行っているように思えてなりません。私のような余命が見えているような年寄りには直接的な影響はありませんが、孫達の世代も私が過ごしてきた平和な70年と同様な日本であってほしいとつくづく思う昨今です。
2015. 03. 05  
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 今日、アクセスカウンターが、「77777」を示しました。77777人目の訪問者は、ブログを始めた頃より相互訪問させていただいている高校歴史の先生黒田裕樹先生です。黒田先生のブログは「黒田裕樹の歴史講座」です。先生は各地で講演会もされており、日本史を分かりやすく面白く解説されています。
 この次に、オール7になるのは777777です。今のペースで行けば30年後くらいになりそうです。生きている間にはとても無理ですが、頭と体が続く限りブログは続けていこうと思っています。今後もよろしくお願いいたします。
2015. 03. 03  
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  大阪府議会に「パワハラ教育長辞職勧告案」が提出されたそうです。当然のことですが、残念ながら、この勧告案が議決されても法的拘束力はないようなので何の意味もありません。もやもやしたものがあります。
 事務局職員に「名前を出して責任をとって貰いますよ」「精神鑑定を受けないといけませんよ」「あなたは不必要です」など俺の言うことを聞かないやつはいつでもやめさせることが出来るぞといった発言姿勢が日常的だったんだなと思います。 私も教育委員会事務局の仕事に携わってきましたが、「物言えば唇寂し」の教育委員会は聞いたことがありません。
 こんな人間が大阪府の教育長だと思うと大阪府民として恥ずかしいです。第三者委員会で調査されはっきりとパワハラだと認定されても堂々と居座る本人にあきれますし、それを支持する知事、市長にも見識を疑います。

 教育委員に対しても協議の場で自分と違う意見を言う委員に対して「罷免させるために動かなければならなくなる」とあたかも己が教育委員の生殺与奪の権限を持っていると錯覚しているのではないかと思います。教育委員の任命、辞職の権限は知事と議会にしかないのですが、前知事の親友でありそれで民間登用された教育長。市長や現知事ともべったりで知事に言えば「あなたなんかすぐに首を切ることが出来ますよ」と他を封じ込めようとするやり方にとても腹が立ちます。

 このパワハラ発言を単に「コミュニケーション未熟」という言葉で逃げようとしていますがコミュニケーションが出来ない人間に教育のトップが務まるのでしょうか?「教育改革」をやるためにやめずに続けると言っていますが、他人の意見を聞かない人間の教育改革は恐ろしいものがあります。市長と全く同じ発想、言動なのに驚きます。どちらも弁護士。どんな弁護士なんやと思ってしまいます。身内に甘く、外部の者には厳しく徹底的にたたきにかかる今の大阪行政。まさに「類は類を呼ぶ」、「同じ穴の狢」集団がのさばることを危惧します。
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プロフィール

よたろう

Author:よたろう
経歴:
元自動車セールスマン、
元 教師、
元 教育委員会指導主事、
元 校長、
現在:フリーター
子 2人 ,2人とも結婚  
孫 3人
 経歴だけ見たら、すごく真面目で、堅物のようですが、いたって普通のジジです。ボケ防止のためにもブログを開設しました。多くの方々と交流できたらと思っています。
子育て、教育、政治、よもやま話しませんか。

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