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今日は?

2015.01.31(17:59) 910

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 この頃は、日にちの語呂合わせでいろいろな記念日が作られます。今日1月31日は i(アイ)31(サイ)と読んで、「愛妻の日」だそうです。ブログをはじめてから知った記念日です。
 45年も一緒にいますと、愛妻という概念より、なくてはならない存在みたいになります。今日も特別なことをすることもなく散歩に出かけコロッケを作って食べました。私たちは、なぜか結婚してからプレゼントをする習慣がありません。給料は振り込みになるまでは、貯金を除いたお金は、タンスの中に入れてお互いがいる時に自由に使っていました。小遣い制でもなく、自分のほしいものは好きなように買っていました。幸い二人の価値観が同じようなもので、贅沢をしたいとも思いませんでしたし、ブランドを有難がることもなく、あまり不自由を感じませんでした。
 自分のお金というのでなく二人のお金という感覚だったのでプレゼントする習慣がなかったのかなと思います。ただ、誕生日のお祝いは、必ず手料理を作って食べるようにしています。今日は田舎から送ってきた柚子で、かみさんが朝ヨーグルトと混ぜて食べる柚子ジャムを作りました。
 「愛妻の日」、かみさんがいてくれることに感謝しているよたろうです。

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命を弄ぶな

2015.01.29(19:20) 909


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  このところ、人の命を平気で奪う記事が目につきます。国際的には、中東では命の取引が行われています。国内的には「人を殺してみたかった」と本当に何にも罪ない人の命を奪った女子大学生。二またかけた女性を別れ話で命を奪った警察官、お金目当てで独り身の老人をターゲットにしヒ素で殺人を繰り返したであろうおばはん。いつからこんなに人の命を軽んずる世の中になったのでしょう。
 学校では、平和を訴えること、人権教育=左翼思想だとTVで平然と発言が許される時代です。戦争の語り部も少なくなり学校でもそのような時間がなくなってきています。いつの間にか学力、学力と学力テストの結果に一喜一憂する首長たち。
確かに、生きていくための最低の学力は必要です。その保証はしっかりやるべきですが、人としての生き方考え方を学ばせるのも学校です。学校教育は学力と人間形成の二本立てであることを忘れてはならないと思います。
 担任していたとき、よく子ども達に「優しい人ってどんな人?」と問いかけたことがあります。「優しい」という漢字は「人」を「憂う」という意味です。人のことが心にとめられ心配できる人が「優しい人」であり、まさに「優れた」人だと語っていました。
 事件が起こる度に、自分の主張だけをする人間、相手を思いやる気持ちがない人間が増えてきているのかなと悲しくなります。この歳になって、夫婦もそんな関係が大事なんだなとつくづく感じる昨今です。


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大学入試制度改革

2015.01.25(10:35) 908

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  今、大学の入試制度がまた変わろうとしています。今の入試制度そのものもあまり理解していません。センター試験だの共通一次試験だのと言ってきましたがそれが何なのかもしっかりわかっていません。
 私の時代は極めて単純で、大学の試験にさえ合格したらそれでおしまいという単純なものでした。チャンスは国立の場合は2回。国立1期校と2期校の分類がされていました。1期校はいわゆる旧帝大を中心とした大学、2期校は地方大学を中心とした大学でした。1期校でだめだった学生が2期校に受けてくるのが大半でした。私も1期校を2度失敗し、2年浪人する余裕もありませんでしたので、2期校を受験し合格したものです。金銭的に余裕のある場合は一つの私立大学のすべての学部が受験可能でした。今、東大と肩を並べている早稲田、慶応大学も例外でなく今ほど難易度が高いところではありませんでした。
 共通一次やセンター試験で先に選別されいわゆる旧2期校の学力が低下したとも言われます。試験は水物、旧帝大を受験してあえなく討ち死にしたものの復活組が多かったので、結構優秀な人材が集まっていたように思います。今は亡き、ゼミの先生が生前「共通一次などやるようになって、学生のレベルが下がった」と嘆いておられたことを思い出します。
 孫の高校受験で偏差値に関心がいくようになりましたが、そもそも偏差値という概念がない世代です。せいぜい偏差値は難易度の段階ぐらいなのかと思っています。試しに、自分が卒業した大学の偏差値を見ますと驚くほど下の方でびっくりします。都会の公立や私立大学が上位を占めています。
 この頃の大学の人気度や偏差値は、アイドルや芸能人がいるかでずいぶん左右されているような気がします。以前、ある大学の倍率が急激に上がった原因が当時のアイドルが通っていたことが分かったらだというニュースを耳にしたことがありましたが、大学って何なんだろうと思ったものです。
 今大学は都会の大学と地方の大学の格差があるように思います。特に国公立大は格差が激しいような気がします。母校のレベルが低下していくのを見ると悲しいです。地方の大学が活性化する大学入試制度であってほしいと願ってっやみません。


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孫の誕生日

2015.01.21(16:26) 907

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  今日は、初孫の中3の孫娘の誕生日です。15才になりました。「努力するものには明るい明日がある。努力をしないものには明日はない。」とメッセージを付けてお祝いを送ってやりました。
 以前書きましたように高校受験生です。2学期の大事な時期にいろいろあって成績が急降下して心配していました。第1志望の公立高校はとても難しい状況になりどうするのかなと心配していました。ランクを落として公立を受験するのかなと思っていましたが、結局、私立高校の方の、第一志望の高校に専願でいくことにしたようです。
 本人は大学には行きたいようで、「公立に行くと自分で律していかなければならないが、自分は楽な方に流されやすいので公立ではだめだと思うので面倒見のいいというか、厳しい私立高校に行く方がいい」と自分で決めたようです。クラブの先輩達がきてやれアルバイトしているだの化粧しているだのと聞いていて、高校に行ったらアルバイトするなんて言っていたようですが、高校に行ったらしっかり勉強しようと思うと宗旨替えしたようで、娘もちょっとホッとしたようです。
 私も、孫娘が何を考えているのかと、もやもやしていましたが、結構自分のことが分かっているのに私もホッとしました。私立は学校がOKをくれたら受験を欠席しない限り合格するので、私の心配も解消されました。
 公立よりもお金がかかります。「授業料支援の特待生制度」がありますが成績優秀者に限ります。本人は「特待生目指して頑張るわ。」と幼なじみの男の子に言っていたそうです。その言葉を聞いて、やはりお金のことは気にしているんだなと思いますとともに、まだ自分の現状の力の自覚はなのだなとも思いました。しかし、頑張れば大化けするかもしれませんし、高校生活をしっかり充実したものにしてくれたらいいと思います。
 今時の私立高校は、7時間授業や放課後学習など塾に行かなくても結構面倒見てくれるようです。公立高校に行けば間違いなく塾に行かせなければならない子ですので費用的にはあまり変わらないなと思います。府の私学助成には当てはまらないので結構な額の学費がかかります。下の子もいますので、いつでも応援できるように」しておいてやろうとは思っています。さしあたって、時折、気晴らしに行って、お金を捨てていたパチンコをやめて、その金を残して置いてやろうと決心しました。


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ふと思うこと

2015.01.19(16:20) 906

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  この頃、パソコンの調子が悪くなったり、蛍光灯を取り替えたり、ドアの調節をしたりしながら、ふと思うことは、もし今私がいなくなったら、かみさん、自分で出来るかなと心配してしまうことです。かみさんは、機械音痴で電化製品が動かなくなったりしたらすぐに故障だと騒ぎ、なぜかということを考えて調べたり、考えたりは出来ません。
 私は、炊事、洗濯、掃除も自分で出来ますのでかみさんがいなくても生活は出来ますが、一人の生活はしたことがないので情緒不安定になるのがだめです。夫婦のどちらかがいなくなった場合、女性の方が圧倒的に長生きしますが、男性は後を追うように亡くなる人が多いと聞きます。それを考えると、私がいなくなって、色んなことが不便にはなるけど、なんとかやって、結構長生きするかなと思ったりもします。
 昨日、天皇陛下、皇后様が恒例の相撲観戦にお見えになられた報道がありましたが、本当に夫婦の鏡みたいなお二人の姿を見て、私も10年後あのような元気で仲むつまじい姿でありたいと思ったものでした。
 


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あれから20年 その2

2015.01.17(17:08) 905

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  阪神大震災と聞けば、昨日書きましたように十二指腸潰瘍で入院していたこと、その前年に姪っ子が亡くなったこと、その前年に母が大阪にきて骨折し3ヶ月かかりつけ医の病院に入院したこと、その前年に、兄が膀胱ガンで51才でなくなったこと、その前年に父が77才でなくなったことといった不幸の連続を思い出します。震災の年を入れてわずか4年間で不幸がいっぺんにきたような感じでした。
 震災の日は、揺れが収まってすぐにかみさんと次女が家にいましたので電話をし、無事だと聞き、次に新大阪の方に住んでいた長女の住んでいるマンションに電話をしたら水屋などが倒れて家の中がぐちゃぐちゃだということでしたが、幸い怪我はないとの返事でホッとし、次に甲子園に住んでいた友人に電話したときはもうつながりませんでした。連絡が取れるようになって、みんな無事だったのにホッとしましたが、知人の先生のご子息が学生寮で亡くなられたと聞きとても悲しい気持ちになったものです。
 それから1週間は震災の映像を見続ける入院生活でした。映像を見る度に神戸に住んでいた友人達のことが気になって仕方がありませんでしたが連絡は取れませんでした。悲惨なテレビを見続けため回復が遅れさらに1ヶ月入院生活を続けてしまいました。
 退院して家に帰りいつも寝ていました二階の部屋に行きますと、エアコンがずれていてガラス付きの書棚がそれに支えられるように傾き、その本棚と直角に置いていた一回り大きい本棚がもたれていました。かみさんは気がついていなかったようで、もしエアコンがなかったら、本棚の前で寝ていたかみさんをガラス付きの本棚が襲って大けがか命を落としていたかもしれません。八尾は震度4でしたのであまり被害はなかったのですが危うく犠牲者として名を連ねるところでした。
 その後、本棚の本が凶器になって飛んできたという話を聞き家にあった書物を整理し、絵本などは保育所に引き取って貰いました。家を建て替えるとき、とにかく寝室には何も置かかないようにしました。
 震災と入院で、私のその後の生き方は、生きているうちに楽しんでいこうという考えに変わったような気がします。1月17日という日は私にとっては、生き方の変換をした特別な日でもあります。
 改めて亡くなられた方のご冥福を祈りますとともに、神戸に比べて、復興の条件が厳しいとはいえ遅々として進まぬ東北震災の復興に本気度が感じられない政府の姿勢に腹が立つ1日でした。
 


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あれから20年

2015.01.16(18:22) 904

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  1995年( 平成7年)1月17日午前5時46分52秒。 その時、私はかかりつけの病院のベッドに寝ていました。4階の個室でしたので、結構揺れすぐに目が覚め枕元のテレビとベットの側の点滴のスタンドの軸を手で押さえ揺れが止まるのを待っていました。
 当直の看護婦さんが揺れが収まってすぐにとんできてくれ「よたろうさんだいじょうぶ?」と声をかけてくれました。その看護婦さんは20歳代のきれいな看護婦さんでした。今はもう40才は超えておられるのですが、今も々病院におられ、時々デパートなどで私服の看護婦さんと出会うことがありますが、「何時までも若くてきれいな看護婦さんだね」とかみさんと話しています。当時の看護婦さんで残っておられるのはこの看護婦さんと、初めて胆石を取った手術をしたときの担当看護婦さんのお二人です。この病院に行くとお二人の顔を見るだけで痛みも、気分の悪さもすぐに消えるような気がします。
 そもそもこのときなぜ入院していたかと言いますと、その前の年の11月に十二指腸潰瘍になって、手術せず大静脈点滴で治療していたのです。入院にいたった経過は、長女と同じ歳の姪が交通事故で亡くなり、急遽葬式に下関まで行き、友引のため通夜、葬式と3日間式場に寝泊まりし、式が終わり次第大阪に戻り、当時、教育委員会に所属し担当していた「障害児の運動会」の準備、世話に追われました。無事に運動会が終わり自宅に帰ったとたん胃がきりきり痛みもだえたのです。そこに、今、月に何回かお茶飲み会をしている同僚の先生が引っ越しの挨拶に来てくれ、苦しむ私を見てすぐに徳州会病院に連れて行ってくれたのです。
 病院ですぐに胃カメラ検査して十二指腸潰瘍と診断されたのです。そのまま入院。首の大静脈に針を差し点滴が始まりました。救急指定の徳州会病院は自宅から遠いので、かかりつけの病院に電話して転院を受け入れて貰い3日で転院したのです。そして、その病院のベットで震災の日を迎えたのです。 長くなりましたので、続きは明日にします。

つづく

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オードリー・ヘップバーン

2015.01.14(15:34) 903

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”魅力的な唇のためには

優しい言葉を紡ぐこと。

愛らしい瞳のためには、

人々の素晴らしさを見つけること”


(オードリ-・ヘップバーン)

「NHKスタジオパークからこんにちは」という番組が毎日ありますが今日のゲストは、石田純一さんでした。石田さんといえば「不倫は文化」だとかいって、色んな浮き名を流してきたイメージの俳優さんですが、今日の放送を見て見方が変わりました。その一つが、自分が気になる言葉などがあったら、ノートに書き留めて自分の生き方の参考にされているという話でした。そのノートももう何冊かになっていて、その中の一つに、あのオードリー・ヘップバーンの最初に示したような言葉が書き留められていました。その言葉を見たときまさにその通りだと改めて思いました。以前の職業柄か、つい教師としての在り方と結びつけて考えてしまいます。
 「優しい言葉を紡ぐこと」は自分が優しくなれるだけでなく、言葉を聞いた人も優しくしてしまいます。「アホ、ボケ、マヌケ」といった相手を馬鹿にする言葉はすぐに浮かびますが、はて優しい言葉はといわれるとふと考えてしまいます。言葉は人の品格を表します。この頃は本当にきれいな日本語を話せる方がとても少なくなったような気がします。
「人の素晴らしさを見つけること」は、教師としての基本的姿勢でもあります。悪いところばかりに目が向き、しかってばかりの教師には子どもはついてきません。その子の良さを見つけられる教師には心を開いてくれるものです。
 「ローマの休日」を観たとき、なんと美しい女性がいるのだろうと胸をときめかしたものです。ヘップバーンは容姿だけでなく人として優れていたのだなあと思いますし、だからきれいだったんだなあと思いました。


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とんど焼き

2015.01.11(21:00) 902

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昨日は、地域の行事「とんど焼き」がありました。正式には15日がとんど焼きの日ですが、住民の皆さんが参加しやすいように直近の休日に行われます。元々は注連飾りなどを燃やすのですが年々その数も減っています。前日から燃やす竹や木組みをしてくれています。家から3分ぐらいのところの公園で行われますので、孫達が小さい頃はいつも一緒に連れて行っていたのですが、この頃はかみさんと二人だけで御利益を授かりに行っています。
 地区の福祉協議会の方々のボランティアで焼き芋が配られます。それを目当てにたくさんの人が集まります。とんどの前では、地元の高校の和太鼓クラブの子ども達が寒い中、和太鼓の演奏をしてくれます。
 とんど焼きの記憶は幼稚園の年長の頃近くの神社で行われ、鏡餅を割ってそれを棒の先につけて焼いて食べていたことです。日本の伝統的風習は人と人とをつなげるものが多い気がします。もうすぐ3人に一人は65才以上の超高齢化社会になる日本です。ますます人人とのつながりが大切になります。このような風習を絶やさないようにしていくことも大事だなと思います。福祉協議会の方々に感謝しながらほかほかの焼き芋を食べながら帰りました。


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座り方にもご注意を!!

2015.01.10(23:41) 901

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 一昨日、昔の同僚の先生に見舞いに行きました。現在は80才の女性です。骨折の原因は座椅子に座る時手もつかずお尻からドスンと座ったところ背骨が折れたそうです。この方は、昨年、9月には心臓の側の大動脈瘤を手術してようやく全快したところです。息子さんが近くに住んでいるとはいえ、一人暮らしをされています。そのときは携帯で息子さんに連絡をとり無事に病院に連れて行って貰ったので良かったです。
 お見舞いに行くと血色も良く、病院の食事がおいしいのでよく食べ太ってきたと言っていました。気持ちは若くても、もう80才という年齢を考えた動きをしなければだめだと話しました。私も以前、散歩中の芝のところで頭から転んだことがあります。芝でしたので大事には至りませんでしたが、転ぶ原因はすり足で歩くようになっていたことだと思います。この頃は先にかかとをつけてから歩くように意識しています。地下鉄の階段なども、必ず手すりを持って上り下りしています。
 年を取ってくると、そんなことで骨折するのということをよく聞きます。色々用心することと日頃からの運動と食事の大切さを感じます。正月の間、スクワットをしていなかったのでおなか周りが太くなった気がします。昨日からまたスクワットをするようにしています。
 


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2015年01月
  1. 今日は?(01/31)
  2. 命を弄ぶな(01/29)
  3. 大学入試制度改革(01/25)
  4. 孫の誕生日(01/21)
  5. ふと思うこと(01/19)
  6. あれから20年 その2(01/17)
  7. あれから20年(01/16)
  8. オードリー・ヘップバーン(01/14)
  9. とんど焼き(01/11)
  10. 座り方にもご注意を!!(01/10)
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