2014. 11. 30  
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  このところ、胸が痛いし、ついつい考え込んでしまい、何をしても気が重い感じです。原因は、孫娘の高校受験です。今、期末テストの最中ですが、以前と違って孫娘の様子が違ってきているようです。1学期までは、その日の出来具合を母親に報告していたようですが、2学期中間テスト、実力テストから語らなくなってきたようです。急激な低下に本人も家族もとまどい落ち込んだままのようです。夏休み何もしなかったつけが回ってきていると思っています。成績は上げるのは時間がかかりますが落とすのはあっという間です。一度落ちたものはなかなかあげることは難しいです。高校受験の佳境に入ろうとしている現在、孫娘の状況はとても危険です。元々、計画的に行動する子ではないですので、今自分が何をしていいか分からず、不安ばかりが先行して、母親の言うこともいちいち突っかかってきているようです。

 1学期までの成績でしたら、第1志望校には何とか通るだろうと思っていましたが、今の様子を見ていますと、どう計算しても厳しいです。母親も、プレッシャーをかけないつもりで、「志望校を変えてもいいよ。」なんて言うと怒り心頭になってしまいます。第1志望校は幼なじみのR君と同じです。R君と同じ高校に行きたいと強く思っているのを感じます。思い出してみれば、バスケットクラブでいつも帰りは一緒に帰ってきていました。それがあるから、非人道的な扱いを受けても我慢してクラブを続けていたのかなと思います。

 夏休み、クラブが終了してR君は スイッチを切り替え受験に向けて頑張り出しましたが、孫娘は1年生の後輩のことなどでいじめの主役達と対峙して、教師にも裏切られ、心がずたずたになったようです。塾の宿題もせず自分から学習することなく2学期を迎えてしまっていました。1学期まではR君といつも勝った負けたと成績を話していたようですが2学期以降は、R君との差はあまりにも大きくなってたまに出会ってもそんな話はないようです。塾も違い話す機会もなく元々自分で学習するタイプではなかったので塾に行くだけが勉強だと思っていたようで、その結果がさんざんなものになってどうしていいか分からず、今は、焦りといらいらが募っているのが現状のような気がします。今行っている塾も今ひとつです。今更変更と言うことも難しいし、娘が「一緒に勉強しようか」と言っても「いらん。」と、言い、必要以上の言葉は交わさない状況のようです。自分で考え勉強する習慣が付いていないことがとても状況を悪くしているように思います。自学自習の習慣をいかにしてつけるかと言うことは教育の大きな課題だなとつくづく思います。落ち込みながらどうしたらいいか分からずもがいている孫娘を見て、いったいどうしてやったらいいのか分からなくなって娘も悩み、毎日かみさんと電話で話しています。
婿殿は相変わらず残業の毎日で一人で見ている娘が体調を崩すのではないかとかみさんはとても心配しています。

 期末テストが終わって、三者面談で2学期までの内申点が提示され、志望校を決めていかなければならないと思います。おそらく一つランクを下げなければならないような指摘があると思います。R君と同じ高校に行きたいのに、そうできなくなったときの孫娘の心はどうなるのか心配です。仮にOKといわれてもボーダーラインでよほど頑張らなければならないと思います。特に社会と理科がひどいです。社会科教師の私ですから行って毎日教えてやりたい気がします。今は何を言っても受け入れてもらえないようなのでただ黙って様子を見、何とか頑張ってくれることを祈るしかありません。
 高校は今は、どこでもいいから行ってくれたらと言うのが私の本心ですが、孫娘が行きたいところにいけたら一番いいなと思いますが無理だろうなと感じますし、孫娘の心を考えるととても切なくなってきます。
 「15の春は泣かせない」とかつて叫ばれ色々手が打たれてきましたが今はそれもすべてなくなってきています。3月まで私の胃の方も持つやら不安にもなります。私の娘達はあまり心配もかけなかったですので、受験生を持つ親の気持ちがあまり分かりませんでしたが、今回の孫娘の受験ではその気持ちのしんどさを実感しています。教師の時に、なんだかんだと偉そうに他人のお子さんや保護者に能書きをたれていた自分を恥ずかしく思います。 
 今日は朝から、かみさんは娘のところに行きました。5年の長男が絵画で市長賞を貰ったらしくその表彰式に行くと行って出かけました。これは口実で、苦しんでいる娘と直接話をして元気づけるのが目的です。
 冬になったばかりですが、季節だけでなく我が家に本当の春が来て孫娘の笑顔が戻ってくることを祈っています。        
2014. 11. 27  
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 先日スクワットのことについて書きましたが、今日の夕刊に八代亜紀さんのことが記事になっていました。
八代亜紀(64)さんの健康法と美容法が語られていました。なんと、朝晩100回ずつのスクワットやっているそうです。吉永小百合さんは水泳です。美人は努力しているんですね。テレビのコマーシャルに「かつては乙女、いま、太め」というのがありますが、乙女の姿を維持するってことは大変なことなんだなとつくづく思います。 女優といわれている人は年齢がいってもとても魅力的な人が多いです。陰で大変な努力をされているんでしょうね。まさに「美と健康は1日にしてならず」でしょうね。
 私は、これ以上腰回りが大きくなると今までのズボンがはけなくなりますので経済的にもやらざるを得ません。「継続は力なり」を胸に頑張ってみます。今、太めの方も、スクワット、騙されたと思ってやってみましょう。無理してやりすぎないように気をつけて、できる範囲から。
2014. 11. 24  

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 20日に市の高齢者健康診断がありましたので、かみさんと行ってきました。検査項目は体力テスト、、血管年齢、
骨密度測定、 3D体型検査でした。最後の3D検査は一人の検査に時間がかかり人数制限があり、締め切りに間に合わずできませんでした。血管年齢、骨密度検査は、はついこの前、生協病院の巡回でやって貰っていました。血管年齢は61才、骨密度は正常範囲でした。
体力テストだけ受けました。無料でやって貰って文句を言うのは厚かましいですが、検査態勢に不満がありました。それは検査する人と、記録する人が同じ人で1人でこなしていたことです。器具をセットするのに時間がかかるところには検査者と記録者の2人体制を組むことはできなかったのだろうかと思いました。時間も倍かかって行列になっていました。
 体力テストは4つありました。握力テスト、光反応テスト、股関節外転筋力、膝進展筋力の4項目です。各テストの説明書によりますと、
「握力は、物を握る力を示しており、身体筋力の目安となるものです。
光反応は、すばやさを示しています。低下すると転倒しやすくなります。
股関節外転筋力は歩行寺に身体が左右にふれないように支える筋力を示しています。低下するとバランス能力が低下し不安定になります。
膝進展筋力は太ももの筋力を示しています。低下すると転倒や膝痛などになる場合ががあります。」
各テスト5段階評価です。結果は
            私       かみさん
握力テスト      2        5
光反応        4        5
股関節外転筋力  4        4
膝伸展筋力     1        2
 
すべての項目でかみさんに負けていました。一つ違いですのでかみさんの方がずいぶん体力があるということです。負けず嫌いが頭をもたげて「ちきしょう」と思ってしまいましたが、よく考えると、かみさんが元気だと言うことはかみさんに看取られてあの世へいける可能性があるということで喜ぶべきだと思いました。二人とも膝伸展筋力が悪いので、強化方法としてスクワットしましょうと書いてありましたので、1日まず20回から始めようと思います。あの森光子さんは1日100回やっていたという話を聞いたことがあります。
 自分の体を丈夫にすることは自分のためだけでなく、周りの人のためなんだなあと介護のニュースなどを見ていますとつくづく思います。年寄りと貧乏人には冷たいアベノミクスですが負けずに健康に長生きするぞ!!
2014. 11. 21  
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( 伊達政宗像)        (瑞鳳殿)                (支倉常長像)

 3日目は、婿殿の誕生日でもありましたので私達の世話から解放し、かみさんと二人で、仙台城址、瑞鳳殿(正宗公
の墓所)を見学してきました。
 テレビや写真で見る仙台城址に立つ、正宗公像は威厳がありました。伊達三代の墓所、瑞鳳殿も豪華でした。これが昔のままだったらもっと感動しただろうと思いました。戦災で焼けたそうですがこんなところまで戦火が及んでいたとは思いませんでした。それにしても仙台城址も広く、瑞鳳殿の階段も多くよく歩きました。(走行歩数12,822歩)
いい景色を見、歴史をそして娘夫婦の心を感じた有意義な3日間でした。
2014. 11. 20  
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15日には朝から、4人で松島に行きました。
「松島や ああ松島や 松島や」の句が広く知られ多ところで日本三景の一つです。宮島、天橋立は行っていましたのでこれで三景は全部行ったことになります。
 松島の九は芭蕉の句かと思っていましたが、実際は、江戸時代後期に相模国(神奈川県)の狂歌師・田原坊が作ったもの。仙台藩の儒者・桜田欽齊著「松島図誌」に載った田原坊の「松嶋やさてまつしまや松嶋や」の「さて」が「ああ」に変化し、今に伝えられているということも知りました。芭蕉の松島に関わる句は「島々や千々に砕きて夏の海」です。
 関門海峡を見て育った私には海は何となく懐かしい気がします。定期観光船の2階席からゆっくりと松島の島々を見て回りました。40分はあっという間に過ぎました。
 お昼に立ち寄ったお店の前の入り口に、先の津波の高さが記してありました。私の肩ぐらいまで水が襲ってきたようです。今は、観光地で復旧も早く津波の後を感じさせない賑わいでした。東北のすべてが一日も早く、以前のような活気を取り戻してほしいと思いました。
 食後、斎太郎節”松島の サーヨー 瑞巌寺ほどの
(ハ コリャコリャ)寺もないとエー
アレワエーエ エトソーリャ大漁だエー
前は海 サーヨー 後は山で
(ハ コリャコリャ)小松原とエー
アレハエーエ エトソーリャ大漁だエー”
の瑞巌寺に立ち寄りました。ちょうど紅葉の季節で紅葉がきれいでした。残念ながら本堂等は修復中でテントに覆われ見ることができず残念でした。仮本堂が設置され、ふすま絵なども写真で大きくした物を襖にして本物の味が感じられる工夫がされていました。
 瑞巌寺の隣の円通院のも寄りました。こちらは紅葉の名所らしくとてもきれいでした。歴史と、紅葉を楽しみ帰りは塩釜駅で途中下車して、新鮮な海の幸のにぎりを食べて帰りました。婿殿や娘の気遣いに感謝しながら宿に着きました。
(走行歩数 11,294歩)

(瑞巌寺と円通院の紅葉)
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2014. 11. 20  

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(ホテルからの仙台夜景)ちょっとピンぼけ                    (料理人の方の配慮の文字) 
 
 この頃はいつも急ぐ旅でもありませんし、天候にあまり左右されない新幹線を利用します。仙台まで家から5時間少しかかります。仙台駅から地下鉄5分で娘のマンションのある駅に着きます。地下鉄の改札で待ち合わせをして 、娘のマンションに行きました。昨年の6月に結婚してどんなところに住んでいるのか気にはなっていました.
マンションの9階です。部屋につくと婿殿が待ってくれいて部屋に入ってちょっと休憩しました。それほど広い部屋ではありませんが新婚夫婦二人には十分の部屋でした。
 しばらく休憩して、駅の近くのホテルまで歩いて行きました。ホテルの最上階にあるレストランで食事をしました。婿殿の配慮で古希祝いの食事会です。仙台の夜景がよく見える席でロケーション満点でした。貧乏性の二人ですから、高級な料亭など特別なことがない限り行きません。かみさんが、「一度こんなところで食事したかったのよ。」と とても喜んでいました。最後のデザートにホテルの人の心遣いで、多分婿殿が古希祝いだと伝えてくれていたからだとは思いますが、写真のような文字をチョコで書いてくれました。
 次女は私が40才、かみさん39才の時の子どもで、長女とは15才離れています。生活にも少し余裕ができた頃の子どもですので、楽しい思い出がたくさんあります。体はだんだん衰えていくのですが、次女のおかげで気持ちだけはいつも若くもてました。長女は子育ての厳しさを、次女は子育ての楽しさを味合わせてくれたような気がします。二人ともよい旦那と巡り会えて本当によかったと思います。
 仙台の夜は寒かったですが、心はとっても温かくなった夜でした。翌日は、松島見学です。その夜は「夜更かしの朝寝坊」の私が、かみさんより先に寝てしまいました。松島の報告は明日します。







2014. 11. 18  
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  先日、旅行に行く前の日に、「国民健康保険高齢受給者証」が送られてきました。自分がいよいよ高齢者に分類される歳になったことを実感しました。
 この70年間のことが、思い出されます。母に背負われて満州から引き上げ幼稚園まで熊本の母の実家の二階一間に暮らし 父は終戦後1年して帰ってきてしばらくして炭坑に出稼ぎに行っていませんでした。新しい下駄を買って貰う度にいつも幼稚園の帰りにはなくなり草履で帰って叱られていたことをなぜか覚えています。小学校1年になって下関に引っ越し父の失業母の焼き芋屋の開店、小学校3年から牛乳配達、風呂の水入れと、湯沸かしが私の担当でした。貧しかったけれど家族みんなが自分の責任を持ち、力を合わせていたように思います。
 父と、母のがんばりのおかげで私は大学進学を目指すことが可能になり、将来は弁護士になりたいと思い、中学校、高校と大学を目指して頑張ったことが懐かしいです。高校では初恋と失恋を味わい、大学受験も失敗し一浪するも希望の大学に行けずやむなく昔の二期校に進学しました。大学に入学間もなく家庭の事情で送金してもらえなく急遽奨学金をいただき、長期休暇は色んなアルバイトをして学費を捻出し、大学をやめずにと授業と演劇に2年間は没頭し、3年生の時はパチンコ、麻雀におぼれ、つきあっていた今のかみさんにも愛想づかしをされ、自暴自棄に陥り、自殺未遂事件を起こしたりといろいろありすぎた大学生活でしたが無事に卒業しました。
 就職も免許証もない自動車セールスマンから初めて、債権管理担当になり夜学に通ったり、通信教育を受けたりして教職免許を取り何とか教師になることができました。その間かみさんが長女を一人で面倒見ながら教師をやっていました。
 25才で結婚したときは、4畳半一間、お茶碗2つ、鍋一つ、お箸2膳、赤外線コタツ一つ、布団二組の新婚生活でした。長女が生まれるとそこに畳一畳のベビーベッド。その日暮らしの売れないセールスマン。それでも今と違って今、この時期を乗り越え、頑張ったら、きっと新しい未来があると信じることができ、実際にそういうことが可能な時代でもあったように思います。
 セールスマン3年、事務職2年の後、教師19年、クラスの子ども第一に睡眠時間3時間で必死でやってきたように思います。しんどいなんてこと思ったこともない仕事に充実感があったように思います。その後教育委員会指導主事8年間。教育をまた違う視点から見ることができ、この仕事もやりがいのある仕事でした。そして校長。この5年間は特に初めの3年間でかなり寿命を縮めたような気がします。正規職を退職して5年間、非常勤で初任者の先生の支援や、学級支援の仕事をし、無職になって5年。そして70才。思えばその半分以上を、かみさんと過ごしてきたことになります。5度の手術、繰り返す入院。今こうして何とか健康に生きながらえているのもかみさんのおかげと思うようになりました。
 父が亡くなったのが喜寿、77才。短期目標は、健康に77才をかみさんとともに迎えることです。先日、仙台で次女夫婦が古希のお祝いをしてくれましたがその仙台の様子についてはまたアップします。
今日は、孫達が「おめでとう」の電話をくれました。久しぶりの孫達の声を嬉しく聞きました。子どもや、孫に祝福されることに幸せ度満点です。
2014. 11. 13  
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冬型の気圧配置になって急激に寒くなってきました。実は娘夫婦が古希祝いをしてくれるというので、明日から16日まで仙台の娘のところに行く予定です。伊達政宗像、松島、瑞巌寺などの見学も予定していますが、真冬の感じなので、完全防備して行ってきます。胃薬、喘息予防の薬、精神安定剤も持って行きます。帰ってきたら報告します。
2014. 11. 12  

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  1年生の学級定員をまた40人に戻す動きがあるようです。担当の文科省ではなく、財務省の方針のようです。35人学級の問題は何年もかかってようやく実現した制度です。つくるにはとても時間がかかりますが、壊すのはあっという間です。財務省の金の亡者どもには、成果がなかったと分析し無駄金だから削るというようです。物事の成果は数字だけで表されるものでもありませんし、分析の仕方でいくらでも実績は変わるものです。削ること前提の見方では良さは見えてきません。
悪い事象が改善されず増えているというのですが、それは今まで見えていなかったことが少人数指導の中でそれまでは
見落とされていたことが見えるようになった結果ではないかと思います。ようやく35人学級での指導になれてきた教師も、また40人学級になると、指導方法や授業の形態などを変えていかなければなりません。今でも心の病で休む教師が多いのにまた苦悩する教師が増えるに違いありません。一番の問題は、手や目をかけて貰っていた子ども達への指導がまた手薄になってしまうことです。
 財務状況が悪いと言いながら、あらゆることを見直し財源を捻出しようとしていますが、対象はすべて国民の生活に関わることだけのような気がします。民主党政権を引き継いだとき、国会議員の定数や歳費削減等の約束をしておきながら今では何の話題にもなりません。自分の身をきってこその政策がほしいです。
2014. 11. 08  
6日、7日と神戸に美術展を観に行きました。いつも主催者がどこか調べて、取っている新聞社主催の時は必ず招待券を貰うようにしています。今回の展覧会も招待券で行きました。神戸市立博物館では「メトロポリタン美術館 古代エジプト展」を見ました。主に紀元前1500年頃の第18王朝時代の展示物が多かったです。この頃の王はの名前を危機と大学入試の頃のことを思い出します。トトメスだのアメンヘテプ(以前はアメンホステップと習った記憶があります。)だのと懐かしい名前です。、そして有名なツタンカーメンの時代です。今回はトトメス2世の妻で、3世の摂政もやり、エジプトの隆盛を極めた時代のハトシェフト女王の物やその頃物が多く展示されていました。とても精巧な彫金なども展示されていましたがあまりにも小さくて、虫眼鏡で拡大するくらいのサービスがほしい物も多かったです。展示の工夫がほしかったです。それにしても何千年も前の物が残っていて、とても技術的にすごいのばかりで改めてエジプトのすごさを感じました。
 翌日は兵庫県立美術館で「だまし絵展」と「木梨憲武展」をやっていましたので、しっかり朝食を食べ、テックアウト近くまでいて出かけました。寒いかなと思ってヒートテックの下着を着ていきましたが、暖かくて暑いぐらいでした。
 だまし絵展は、どこがだまし絵なのか分からない感じの物もありちょっと期待はずれでした。タダこの美術館のいいところは65才以上は入館料が半額になります。海の側ですので海に出て久しぶりに潮風に当たって気持ちよかったです。
 同じ美術館の違う会場でとんねるずの「木梨憲武展」をやっていましたので、そちらにも回ってみました。平日なのに結構若い人が多いのには驚きました。昨年京都での木梨さんの展覧会を偶然見て、とても感動しフアンになった夫婦です。色遣いが明るく元気の出る作品が多いです。今年は、昨年と比べて何かテーマがはっきりしないような感じでした。タレントであり忙しいのに何時こんな絵を描くのか不思議です。才能のある人は、色んな才能があるんだなと思います。昔の言葉に「天は二物を与えず」と言いますが、二物も、三物も持っている人も多くいます。私のように何の取り柄もない者もいます。もう少し公平に才能を神さんは分けて惜しいと思った美術展巡りでした。(努力嫌いの妬み?)

  
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プロフィール

よたろう

Author:よたろう
経歴:
元自動車セールスマン、
元 教師、
元 教育委員会指導主事、
元 校長、
現在:フリーター
子 2人 ,2人とも結婚  
孫 3人
 経歴だけ見たら、すごく真面目で、堅物のようですが、いたって普通のジジです。ボケ防止のためにもブログを開設しました。多くの方々と交流できたらと思っています。
子育て、教育、政治、よもやま話しませんか。

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