2014. 02. 28  
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28日は孫娘の保育園の雛祭りということで、ジジババが招待されました。久しぶりに会う孫娘の成長に感激しました。この保育園は、孫3人ともお世話になっています。上の二人の時は、この時期、大々的な発表会があり、会場も市民会館を貸し切って行われていました。バブルがはじけて、園の経営も苦しくなったことと先生方の負担が大きくこの3年ぐらい前から園の遊戯室での発表会になっています。子供の成長を見届けるのにはこれで十分です。
 初めに、園長先生の話がありましたが、その中で一番上の孫が保育園にいたころ、「なぜ、おじいちゃん、おばあちゃんを大事にしなければならないの?」と問われ「お母さんや、お父さんを生んでくれた人だからや。」と答えたそうです。孫の名前が出されびっくりしますとともに10年も前のことをよく覚えておられるなと感心しました。
 年長になると、この保育園は、和太鼓をやるのが慣例です。今回も孫娘の和太鼓をたたいている姿に成長を感じました。ついこの前まで抱っこしていた子がもうすぐ1年生になるなんて本当に時の流れの速さを改めて感じました。
 夜は、お姉ちゃんのテストも終わり残業で帰ってこれないお父さん以外のみんなで、お姉ちゃんの要望のBIG BOYにハンバーグを食べに行きました。久しぶりに、孫たちに囲まれとても幸せな1日でした。


 
2014. 02. 26  
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 大阪の空がかすんでいます。pm2.5の飛来です。今日は大阪は基準値をオーバーして注意報が出されました。オリンピックの感動も吹き飛びます
 中国は、前の戦争のことを持ち出してなんだかんだと文句を言ってきますが、過去のことより今のことをやれと思います。大気汚染に対する取り組みはほとんどされず、近隣諸国への侵略的行動ばかりに熱心です。大気汚染対策のお手本は日本にあります。もっと本気で日本に学べよと思います。日本が過去の姿にあたかも戻るようなことを宣伝していますが、彼らが非難してきた帝国主義や全体主義を己が歩んでいるのに気付かないのでしょうか。
 そして、またぞろ、戦後賠償で訴訟を起こすようですが、韓国にしろ、中国にしろ国家間で結んだ条約は一体何だったんだろうと不思議に思います。戦後日本の国民は復興のために身を粉にして働き、賠償に当たる援助も何億ドルもしてきたのにそのことには触れずあたかも日本が戦後処理を一切行っていないような宣伝にはむかつきます。
 どちらの国も、過去のことをいじくり回すことに精力を注がず、今起こっていることに適切に対応してほしいと思います。
 以前はそうでもなかったのですが、今、最も嫌いな国は韓国、北朝鮮、中国です。韓国産、中国産は一切口にしないようになりました。あらゆるものが韓国産、中国産になっているのには驚かされます。ピーナッツなどは千葉県産などは見たことがありません。最近はピーナツやはちみつは買いません。高くても国産にしています。
 とにかく、喘息持ちには,pm2.5は恐怖です。アマゾンにpm2.5用のマスクをすぐに注文しました。季節風が早く向きを変えてほしいと祈るばかりです。
 
 
2014. 02. 25  
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 8020(80歳で20本)とは程遠い私の歯です。昨日歯茎が腫れて痛かったので歯医者に行きました。レントゲンにうつしだされた私の歯は、かろうじて根っこがくっついている状態で、今にも抜けそうな感じでした。診断は抜歯やむなしでした。
 夕方、抜歯担当の外科医師が来るのでその時に抜くということになりました。今までお腹も、背中も切り開く大手術をしてきましたが、そんな手術よりも歯を抜く手術が一番緊張します。何が嫌と言って歯茎にぶすりと麻酔の注射をすることです。もう本当に過呼吸になりそうでした。
 抜くのはあっという間で血もあまり出ず、痛みもありませんでした。私の場合喘息を引き起こす強い痛み止め薬が使用できないので麻酔が切れてから痛まないか心配しましたが、薬も飲まずに朝を迎えることができました。
 鏡を見て、残ったあと一本の歯が妙にいとおしくなったものです。
 歯をまだたくさんお持ちの方、歯磨きだけでなく食事にも気をつけて歯を大事にしてほしいと思います。歯がなくなると、味覚も半減します。後悔先に立たず。失って知る有難さです。

2014. 02. 23  
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 2月23日は、45回目の結婚記念日です。初めて出会ってから50年、結婚してから45年。この間のことは忘れられないことばかりです。
 45年前、売れない自動車セールスマンの時代、4畳半一間からのスタート。売れないセールスマン、不渡り債権回収担当、教員免許取得のための夜学、通信教育と教職に就くまでかみさんに苦労ばかりさせた20歳代。教師になっても家庭よりも学校と今度は長女に寂しい思いをさせた30歳代。不惑の歳に次女の誕生。ようやく子育ての楽しさを味わった40歳代。ストレスから体調を崩し手術、入院の50歳代。そして、二人だけの穏やかな毎日の今。長いようであっという間の45年間でした。我慢強く、私を支えてくれたかみさん、親からちゃんと自立した娘たちに感謝し幸せを感じています。 あと何年生きられるかわかりませんが、とにかく二人で元気に長生きしようと話しています。当面の目標は金婚式を元気に迎えるということです。
 

2014. 02. 22  
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 久しぶりに教育に関することを書きます。先日、大阪の管理職に関する記事が2つありました。一つは校長の管理職手当を来年度から増やすということです。今まで敵のように公務員の給料をへらし続けることで支持率を維持してきた維新の会ですが、それでは管理職希望者が少なくなり公募も激減し人数が足りなくなってきたので、下げてきた管理職手当を元に戻そうというわけです。公募校長は40歳にも満たない人も採用していますが、昨年、辞めたIT企業上がりの校長はあまりにも給料が安いと漏らしていましたが、大企業の管理職に比べれば決して高くはありません。教育活動が商売のように売り上げなどで評価ができるものではありませんので、どうしても年功序列の給与体系になるのです。
 私が校長の時でも、私より給料が上の先生はいました。私のように、途中から教師になりその上、長い間教育委員会にいて校長になったものは結構給料は高くありませんでした。私の場合、大阪府の校長全体の中で下から5本の指に入る給料でした。それでも中小工場の多い日本では恵まれた給料だと思っていました。給料で教師の道を選んだわけではありませんでしたので十分でした。手当を上げたからと言って管理職を目指す先生が増えるとも思いません。校長という職に魅力がなくなってきているからだろうと思います。上位下達のシステムになりつつある現在のシステムに問題アリと考えるべきだと思います。
 今一つは大阪市の教頭が不足しているとのことです。受験資格者が5000人もいるのに受験者は50人。うち42人が合格して、あと10人は必要だそうです。
 考えてみれば校長への道を民間人校長優先の中で、校長になれる見込みが減った教頭に魅力はないだろうと思います。教頭という職ほどしんどいものはありません。年間1000以上の書類を作成し、受け取りその処理をし、校長と教師との間に立ち学校の運営を実務的にこなさなければなりません。対外的にもまず教頭が対応します。学校への苦情や問題には先頭に立って処理しなければなりません。いろいろ実務はしますが、何の権限も、決定権も与えられていません。校長の補佐としての職務です。本当に教頭は激務です。その激務に耐えられるのは、その先に校長という職があるからです。それが、校長の民間人登用ということでその道が狭められ、自分よりもずっと若い外部者に仕えるなんて考えただけでもストレスがたまります。
 私は、幸いというか教頭経験なしで校長になりましたが、もし教頭職をしていたら今頃は生きてはいなかったような気がします。現職校長が病気で亡くなった例は少ないですが、現職の教頭が亡くなった事例は私の周りでもかなりあります。民間人校長登用というのなら、教頭から登用すべきです。法では教頭の免許資格がありますのですぐには無理でしょうが、今のままでは教頭のなり手はどんどん減ってくると思います。人気取り政策でない教育政策を示すことが必要だと思います。

2014. 02. 20  
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(サンケイスポーツ)

 女子フィギアスケートの日本選手の演技に涙しました。先日は、プレッシャーに負けて三人とも笑顔がなくとても胸が痛みましたが、今日は三人とも笑顔が見られて本当によかったと思います。浅田真央ちゃんの演技はどうしても見たくて夜更かしをしてしまいました。ドキドキしながら、真央ちゃんがとぶたびに自分も飛とでいる感じでテレビにくぎ付けになりました。終わった瞬間一瞬泣きそうな顔を見た時にはついもらい泣きしてしまいました。
 メダルは取れませんでしたが彼女のこの4年間の苦しみをのりこえた、本当のヒロインの姿に感無量でした。ホームとアウエイが点数にこれほど影響した大会も珍しいです。フリーの演技は真央ちゃんが一番だった気がします。誰もできないことに挑戦する真央ちゃんに比べてほかは、無難にこなすに過ぎなかったような気がします。採点競技のむなしさを今年ほど感じたオリンピックはありません。ホームであろうがアウエイであろうがもっとみんなが納得できる採点ができるようにしてほしいです。誰も飛べない技が何人も飛べる技よりも点数が低いのも、なんでやねんと突っ込みたくなります。
 この次は、韓国開催です。今からもう、あの異常なそして姑息な国民性に日本選手も立ち向かわなければならないと思うと気が重くなります。今回でもキムヨナのライバルになりそうな真央ちゃんに対してソチに着くなり大勢で取り囲みプレッシャーをかけ、リプニッツカヤがよさそうだといわれるとそちらにも大勢が囲みプレッシャーをかけた韓国のやり方にむかついています。次のオリンピックはなりふり構わない韓国の姿が今から見えあまり期待しません。今回は、ソトニコフとキムヨナの戦いは、ホームの力が姑息な戦略に勝ったことはよかったのかもしれません。
 浅田選手は金メダルは取れませんでしたが、あの笑顔に金メダルをあげたいと思います。笑顔で帰ってきてほしいし、もう、プレッシャーから解放させてあげたいとも思いました。
 
 
2014. 02. 19  

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 オリンピックで忘れていましたが、ブログをはじめて2年が過ぎていました。アクセスも50,000を超え、拍手数も10,000を超えていました。とにかくボケ防止を目的に始めたのですが、それとは別に、この2年間で、今までは知らなかった方々とブログ上ではありますがお友達になれたことがとてもうれしいです。ブログは結構問題が起こり、続けていくことはかなりしんどくなるよと言われていましたが、幸いにも、私が今相互訪問させていただいている方々は本当に素敵な方ばかりで、辛いこと、悲しいこと、楽しいこと、うれしいことを共有してくれる方ばかりで本当にありがたく思っています。
 教育ブログということで始めましたが、最近は日常の日記ブログになっています。あまり教育ブログにこだわっていくと行き詰ってしまうような気がして、何でもありブログに切り替えています。
 これからも、一老人のたわごとにお付き合いいただきますようにお願いいたします。
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2014. 02. 17  
日曜日、月曜日ととても暖かい日でした。その前の大雪は何だったんだろうと思わせます。日曜日には、新聞販売店からもらった「ターナー展」を神戸に見に行きました。正直言って、「ターナー」という画家は知りませんでした。
美術館の説明によりますと「ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)は英国絵画の地位を飛躍的に高めた風景画の巨匠で、風景をどのように描くかを探究し続け、自然の劇的な変化を描き出した壮年期の作品や、光と色彩があふれる幻想的な晩年の作風から、ロマン主義を代表する画家の一人と称されます。
 また、その画風は、クロード・モネをはじめとする後のフランス印象派の画家たちにも大きな影響を与えたとされますが、日本では、英国留学経験のある明治の文豪、夏目漱石が愛した画家としても有名です。」
 油彩30点、水彩およびスケッチブック80数点が展示されていました。160年以上も前の水彩画がとてもきれいに残っているのには感心しました。様々な風景画は結構面白かったです。いつも神戸に行くと利用するホテルに泊まり日曜日は人も少なく大浴場を一人占めし、翌朝は朝食バイキングでしっかり食べ何年振りかに異人館に行きました。
 震災後初めて「風見鶏の館」と「萌黄の館」を訪れました。たくさんある異人館でこの2館だけが国の重要文化財に指定されています。震災の傷跡もきれいに修復されわからなくなっていました。
 お昼は、以前行っていましたお肉のランチが食べられる「三田屋」に行ってみましたがすでに店はありませんでした。異人館に向かう道「北野坂」のお店がずいぶん変わっているのには驚きました。仕方なく駅近くの「三田屋」でサービスランチを食べましたが、まずくて食後のデザートもコーヒーもなく二度と来ないぞと思いました。私の住んでいるところにある「三田屋」とは、全然違いました。やはり観光地とそうでないところでは違うのだなと分かりました。
 よく食べ、よく歩いた2日間でした。万歩計は20,244歩になっていました。

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1≪チャイルド・ハロルドの巡礼-イタリア≫
2≪ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ≫

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風見鶏の館 

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         萌黄の館

(写真は借りました。)
2014. 02. 16  
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   (時事通信)

41才の火災選手が銀メダル。昨日は19才の羽生選手が金メダル。老いも若きも活躍する日本選手に誰しもが勇気と、元気をもらっていると思います。
 スポーツで40才過ぎても、現役でかつ第一線で活躍できるということはとてもすごいと思います。野球選手でも中日の山本投手がいますが本当に尊敬します。まさにlegend(伝説)です。
 メダリスト達がインタビューで必ず口にすることは、周りで支えてくれた人々への感謝の言葉です。メダルまでの道のりにはどれだけの人たちの思いが詰まっているのでしょう。このような人たちがいるからこそ挫折しそうなときも乗り越えてこられてきたのでしょう。高梨沙羅さんも「お世話になった方々にとても申し訳なかった。」とまず支えてくれた方々への言葉がはじめでした。どんな競技も、本当に裏方として多くの人々が夢を託して支えているのだなあとよくわかりました。そして、そのことをしっかり受け止めている選手の方々の人間性に本当に学ばされます。
 私達一人一人も日常的に一人で生きているのではなく多くの方々の支えで今日があると言うことを忘れてはならないとつくづく思いました。このブログだって、いつも優しいコメントをいただく皆さんのおかげで2年間続けてこられているのです。オリンピックを観ながら、改めて「感謝」という言葉を思い出しました。
2014. 02. 15  
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 ようやくオリンピックで金メダルが取れました。羽生選手に本当に元気をもらいました。夜更かししないように早く寝たせいで、3時半頃にトイレで目が覚め30分テレビを見ました。羽生選手が転んだ時はもうこれで金メダルはないかなと思っていましたらなんとチャン選手のジャンプもおかしく得点がでませんでした。本当にオリンピックの舞台は何が起こるかわからないんだなあと感じました。
 羽生選手のインタビューも冷静だなあと感じました。自分の力だけでなく相手のミスに助けられた金メダルにちょっと残念な気持ちをにじませている羽生選手にこれからの成長を感じさせられました。
「本当に悔しくて、本当に驚きで、本当に嬉しい。」の言葉にすべてが表現されているように感じました。新しいヒーロの誕生の陰にかつてのヒーロー高橋選手のがんばりにも心打たれました。今できることすべてを出し切ろうとする姿に思わず拍手してしまいました。堂々の6位胸を張って帰ってきてほしいと思いました。町田選手のインタビユーも心打たれました。自分の演技ができなかった悔しさを涙を抑えての表情に、もう一度挑戦してほしいと思いました。日本男子のレベルの高さを証明してくれた三人の日本男児に拍手を送りたいです。

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プロフィール

よたろう

Author:よたろう
経歴:
元自動車セールスマン、
元 教師、
元 教育委員会指導主事、
元 校長、
現在:フリーター
子 2人 ,2人とも結婚  
孫 3人
 経歴だけ見たら、すごく真面目で、堅物のようですが、いたって普通のジジです。ボケ防止のためにもブログを開設しました。多くの方々と交流できたらと思っています。
子育て、教育、政治、よもやま話しませんか。

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