2012. 06. 29  
今、中学生の孫やその母親である娘の小さかった頃の話をします。

「でも・・・」
無題

 腰を痛めていた時のことです。毎日、学校と家との往復で変化のない毎日でした。唯一、気晴らしといえば毎週土曜日になると訪ねてくる当時2歳半の孫娘と過ごす時間です。一番可愛い時で、私が腰痛であることを知っていて、「ジジ腰痛い?」といって決して「だっこ」とはいいませんでした。そんな孫といると、「孫」という歌が流行りましたが、その歌詞のように娘にできなかったことを孫にしてやりたいという思いについ駆られたものでした。
 その孫娘は、私や、妻の前では聞き分けの良い可愛い子どもですが、保育園では結構ワルらしく、連絡帳には「あれができません」「これができません」「友達を押します」「おしゃべりだけど肝心なこと(おしっこ)は言えません」とできないことや悪いことばかりが書かれていて、娘もウンザリしていました。確かに、孫は怖いもの知らずで、高いところや走り回ったりとんだり跳ねたりすることが大好きで、自己主張の強い子のように思います。娘もあまり言われるので、家でもかなり口うるさく注意しているようですがなかなか言うことを聞かなかったようです。しかし注意の仕方を聞いていると「パッチンするよ」と脅しているような言葉が多いように思いました。躾の基本は脅しではなく、褒めることなんだと言うのですが、娘も働いている中でそのようなゆとりがなかったようです。
 思えば娘の小さい頃とそっくりなのです。保育園、小学校と懇談会に行くといつも良いこと一つで悪いこと十といった状況で、懇談会の日は、夫婦で落ち込む日だったことを思い出します。
 中でも私たち夫婦が最も落ち込んだのは、5年生の時、「お宅のお子さんは、一見みんなに支持されているようですが本当はみんな心の中では嫌っていると思います。」という女性の担任の言葉でした。担任はどのようなつもりで言ったのかは分かりませんが、その言葉で私どもがどんな思いになるか考えていなかったのではないかと思うのです。この教師の懇談のいい加減なところは、親としてショックを受けながらも娘に「自分の主張ばかりしていてはいけないよ、他人の言葉も聞き受け入れることも必要だよ」と話しました。娘もそれなりに努力して、今度は6年の懇談会では(当時が持ち上がりが普通でした)「お宅のお子さんは、もっと積極的に意見を言って自己主張をして欲しい」とのことでした。もうあきれました。娘に「もっと言いたいこと言ってもも良いって言われよ。」と伝えると「私どうすればいいの。しゃべるなと言われたり、しゃべれと言われたり、もうえええわ。」と怒りをあらわにしたことを覚えています。担任の言葉は、大きいものです。思いつきやいい加減な気持ちで、発してはならないと言うことを学んだものでした。
(この先生のことは、今でも忘れませんし、当時、教師をしていた私たちの反面教師にもなりました。)
 
 欠点を指摘するのは構わないのですがその言い方、出し方を考えなければ、こちらの意図することが通じず感情的になって、言ったことが、かえってマイナスに働くことがあります。
 話す順番でも欠点を指摘して「でも」こんな良いところがあるんですといえば受け入れやすいのですが、それを逆にしてしまうと欠点の方が強調され受け入れにくいということもあるような気がします。また、欠点の是正に向けて担任としてどのように取り組んできたのか、どのように取り組もうとしているのか、その上で親としてどうして欲しいのかを話さなければ納得してもらえないと思うのです。


 明日から7月、もうすぐ、個人懇談が始まります子どもや親を元気にさせる懇談になればいいなと思います。
2012. 06. 28  
 今日は、歯痛、捻挫のことも忘れて、朝からワクワクしていました。それは、何年ぶりかで、授業の指導助言を求められていたからです。
 午前中に歯医者、外科に行って治療して貰い、捻挫しているのに、足取りも軽く、自転車のペダルを漕いで、招かれた学校に向かいました。小学校6年生の社会科の授業でした。教材は、「長篠合戦」です。担任の先生は、私と同じで社会人から先生にになられた方でした。

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 教室の入ると、先生の笑顔と子ども達の元気な声に嬉しくなりました。戦国の世を制することになる「鉄砲」に目むけさせる授業でした。川中島の合戦図と長篠合戦図との比較から、鉄砲の登場に気づかせ、当時の戦場の様子を絵図から色々考えさせようとした授業でした

 6年生になると手を挙げて発表することが減るものですが、このクラスの子ども達は皆よく手を挙げて発表していました。これは、担任の先生との信頼関係が出来ている証拠でもありますし、先生の学級経営方針がしっかりしているからだと思いました。 
   長篠
 授業後、担任の先生と校長先生を交えて、ちょっとした反省会をしました。次回7月4日の学校全体の研究授業についてもどのように進めたらよいか、話しました。久しぶりの指導助言でついつい一方的にしゃべってしまい担任の先生の意見ももっと聞かねばならなかったと反省しています。
 7月4日は「秀吉の天下統一」です。
 
 最近は、学力テストの問題の中で社会科が対象になっていないためか社会科研究がやや低迷しているような気がして、社会科好きの私は寂しさと憤りを感じているところです。社会科のおもしろさを授業を通して、この学校の先生に伝えられたらいいなと思っています。 
 その後、教育委員会に同時期にいた教頭先生を交えて、昔話に花が咲き、4時間近くも私が一人でしゃべり続けてしまいました。いつもは、かみさんと「今日は何食べる?」「散歩に行こうか。」「花に水やった?」テレビを見ての寸評ぐらいしか会話がないので、久しぶりの会話にまるで私の講演会のような時間でした。お付き合いいただいた、校長先生、教頭先生には本当に感謝申し上げたいと思っています。 
 今度の7月4日の全体授業研究会での指導講評は、短時間で切り上げねばなりません。指導主事の時も10分をめどに集約する努力をしていましたが、今回もそのぐらいで何を言うかまとめておこう思っています。

2012. 06. 27  
 散歩の途中で、足を大きくひねってしまいました。危うく転びそうになったのですが何とか転ばずにいけたのですが、足首に少し痛みを感じては今したが、散歩を途中で止めるほどのことも無いと続けて歩いて帰宅しました。帰って足首を見ますと少し腫れ、内出血のようなものが見られ、歩くときに痛みを感じましたので、すぐにかかりつけの病院に行きました。レントゲンでは骨に異常なく捻挫の診断でした。包帯で固定して貰いました。2.3日様子を見て、これ以上腫れるようならギブスで固定した方が治りやすいので様子を見ますとのことでした。松葉杖を使うかと言われましたがなんだか大げさなのでいりませんと行って自転車に乗って帰りました。
 65才を超えてよく足をひねったり、ちょっとした段差で転びそうになったりすることがあります。歩き方がすり足になっているため、躓きやすくなっているんだと思います。しっかり足を上げて歩くようにこれからも注意したいと思います。シニアのブログを見させていただくと、山登りに行かれる方、海外旅行に行かれる方が沢山居られるのを見て本当に羨ましく思いますし、私ももう少し頑張って体力をつけなければと励まされます。


 悪いことは続くもので、先日歯茎の腫れがあり、もうほとんど根っこのない歯を抜いて貰って、ようやく入れ歯がはめられ食事が出来るようになったと喜んでいましたら、反対側に残っている残りの歯の根本がまた痛み、歯医者に行きレントゲンで見ますと、二つの歯の間には歯肉が無く空洞になっておりそこにものが入り化膿したようです。今度は、抜く場合は二本ともになるそうで、いよいよ総入れ歯の可能性が高まってきました。
 子ども達によく反面教師として歯磨きをしないとこうなるよと入れ歯をはずしてみせ指導したこともありますが、本当に子ども達に歯を大事にして欲しいと思います。
 

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 入れ歯をはめるようになってから、私たち夫婦の旅行先でのホテルの部屋を出るときの合い言葉は、「入れ歯はめた?」です。「共に白髪の生えるまで」ならず、「共に入れ歯をはめるま」での色気のない夫婦です



2012. 06. 26  
無題
昨日の問題に対する解答です.
と言うより こうしました、こう考えましたことを記します。


1.3年生の理科のテストで「氷がとけたら(  )になる。」という問題に、ゆうちゃんは( )に大きな字で 「春」と書きました。

これは、私が現役の時新聞に紹介されたものです。寒い地方でのお話で、その時に学習していた理科的な正解  は(水)なのです。しかしこの解答を書いた。ゆうちゃんの気持ちが痛いほどわかるし、単純に×はつけがたい話です。ゆうちゃんの感性を如何につぶさず、科学としての解答をどう理解させるかが教師の役目だと思いました。ゆうちゃんの感性が理解できないようでは教師失格だとさえ思います。

2,生活科のテストで、おうちで料理をするのは誰ですかと問われ、マーちゃんは、「おとうさん。」と書きました。  

  私の娘が小学校の頃、ちょうど生活科が始まった頃でした。テストを持って帰ってきた娘が、「なんでちがうの?」と聞かれたことが思い出されます。当時の生活科の教科書に、家庭の様子の挿絵が描かれていました。それには新聞を読む父親、兄弟で遊ぶ子ども、台所で食事の支度をする母の姿が描かれていました。「男子厨房にいらず」の考えが根底にあったのかもしれません。その後問題となりその挿絵は削除されたようです。

3.2年生の学級園でみんなでトマトを育てていました。青い実がなりまもなく収穫して みんなでトマトパ-ティを楽しみにしています。そんな時、日頃からワンパクな義彦くんが、トマトにおしっこをかけているとの訴え があり、その場所にとんでいきました。

   この事件は、以前にも書きましたが、おしっこやうんちは肥料として使えていたことを指導した後の義彦君の行動だったのです。義彦君の弁解を聞いて、他の子ども達への理解を求め、義彦君を責めないで欲しいことを話したことが懐かしく思い出されます。子どもの行動だけで判断せず、行動の裏を知ることの大切さを教えられた事件でした。

4.良夫くんは、理解力はあり、よく発言もしクラスのリ-ダ-的存在でもあります。ただ一つ悪いことは、字がたいへん乱雑なことです。なんとか字をきれいに書かせたいと思います。

  私の小学校時代は、いつも字を丁寧に書きましょうと言われ続け、通知票 の項目もいつもその評価は悪かったのです。先生にも、いつも注意されていたのですが、どこ吹く風で気にもしてていなかったのですが中学1年になって、ある日、国語担当の先生に呼び出され、「あなたは字が下手なのでは ないのですよ。一つ一つの字はとてもよい字を書いています。それが汚く見えるのは、心がないからです。字は 心を伝えるものです。あなたの心が伝わる字を書くようにしなさいよ。」と諭され、以来、下手でもいい相手に 思いが伝わる字を書こうと思って今に至っています。  

5.雪ちゃんは風邪で今日一日だけ休むとの連絡がありました。秋夫くんは、風疹で休んで3日目です。康子さんは、交通事故で足を骨折して1ヵ月入院することになりました

  子どもが休んだときの対応の原則 1日目 連絡帳で励ます。
                  2日目 電話で励ます。
                  3日目 家庭訪問して励ます。
                  長期入院の場合、学習が出来る状態だったら個別学習をしに行く。
  これが私の原則でした。これは、私の小学校5,6年の担任の先生が、私が休むと、よくわざわざ電車に乗って(校区が広くて市内電車などで40分ぐらいかかるところでした)お見舞いに来て下さったとき、とっても嬉しかった記憶から考えてやってきたことです。ただし、流行病の場合はケースバイケースです。 


6.明日は参観日です。花子先生はどんな授業をしようかと悩んでいます。  

  親として参観日に授業を見に行ったとき全体の子の動きなんか気にする親は少ないです。我が子がどんな態度で、どんな発表をして、どんな活動するかだけが気になるものです。我が子が、指名されたらちゃんと言えるか胸がドキドキしました。授業参観は、私は研究授業だといつも思って用しました。研究ーテーマは「どの子も活躍する授業はどうすべきか」でした。年に1回ぐらいの父親参観などは2時間ありましたが、よく1時間は親と何かをするという企画がなされますが、私は絶対にやりませんでした。滅多に見られぬ我が子の学習する姿が見たいと私は思っていましたので必ず、2時間とも普通の授業をするようにしていました。異論のある方もいらっしゃると思いますが、教師にとって見れば1時間の授業を考えればいいので楽になることは間違いありません。楽をしたくなかったからです。


2012. 06. 25  
無題
あなたが、先生ならどうしますか?

.3年生の理科のテストで「氷がとけたら(  )になる。」という問題に、ゆうちゃんは( )に大きな字で 「春」と書きました。

2,生活科のテストで、おうちで料理をするのは誰ですかと問われ、マーちゃんは、「おとうさん。」と書きました。

.2年生の学級園でみんなでトマトを育てていました。青い実がなりまもなく収穫して みんなでトマトパ-テ ィを楽しみにしています。そんな時、日頃からワンパクな義彦くんが、トマトにおしっこをかけているとの訴え があり、その場所にとんでいきました。

.良夫くんは、理解力はあり、よく発言もしクラスのリ-ダ-的存在でもあります。ただ一つ悪いことは、字が たいへん乱雑なことです。なんとか字をきれいに書かせたいと思います。

5.雪ちゃんは風邪で今日一日だけ休むとの連絡がありました。秋夫くんは、風疹で休んで3日目です。康子さんは、交通事故で足を骨折して1ヵ月入院することになりました

6.明日は参観日です。花子先生はどんな授業をしようかと悩んでいます。

実際の対応は、明日書きます。一度考えてみてください。


2012. 06. 24  
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 今日6月24日は、美空ひばりの命日です。美空ひばりと言えば、私たちの世代のアイドルでした。ラジオしかないときに、ひばりの歌声をよく聞いたものでした。正月の映画にはオールキャストでひばり主演の映画もよく見に行ったものです。私の母が、ひばりに似ていると言われたこともあり、どこか近しい気持ちを持っていました。 亡くなる数年前のひばりの歌への執念の凄さに感嘆させられたものです。彼女ほど、歌のうまい、歌手はもう出てこないのではないかとも思います。 

 彼女の言葉に「今日泣いても、明日は笑おうぞ」というのがあります。幼少期から、亡くなるまで幾度となく困難に遭遇しそのたびに、見事に乗り越え確固たる地位を確保してきた、ひばりの心情を端的に表す言葉だと思います。ひばりが亡くなって23年は、私が、まだ現役の教師で、仕事上にも、個人的にもいろいろと厳しい状況にあった時でした。そんなときに、よく、心の支えとなったのは、ひばりのこの言葉でした。
 今、子育てで悩んでいるお母さん、学級経営で悩んでいる先生、恋愛で悩んでいる人、病気で苦しんでいる人、そのほかいろいろなことで悩み苦しんでいる人、きっと明日は、笑える日が来ることを信じて頑張りましょう。

 いつも、前向きに生きていくことの大切さ、すばらしさを
身をもって示したひばりの冥福を改めて祈らずには居られない今日です。


2012. 06. 23  
無題

 昨日の「ほうれんそう」に続いて、職場の常識として、今日は、「上役の心得」について書きます。
 人の上に立ってみてはじめて分かることは多いものです。私の失敗は、次の心得の3の部分に当たるところでのことです。校長になるまでは、気の合う先生方とちょくちょく食事に行ったり、喫茶店に行ったりと何も気に止めることはありませんでした。
 校長という立場を忘れて、ある日、いつもよくしゃべっていた先生や事務の人たたちと、お好み焼きを食べにいく約束したのです。それが、そのメンバーに入っていなかった先生に知られて、えらい抗議を受けました。決して「己が好みに合う者のみを用うる」意図ではないにしても、自分の立場を考えず、公平さに欠けていたような気がし謝罪したものでした。人の上に立つものの第一は「公平」であると言うことを学んだ事象でした。
 これから、管理職を目指す人には是非、この荻生徂徠(おぎゅうそらい)の戒めを心にとめておいて欲しいなと思います。

上役の心得  荻生徂徠

1.人の長所を始めより、知らんと求むべからず。人を用いて始めて長所の現わるるものなり。
2.人はその長所のみを取らば即ち可なり。短所を知るを要せず。
3.己が好みに合う者のみを用うる勿れ。
4.小過をとがむる要なし、ただことを大切になさば可なり。
5.用いる上は、そのことを十分に委ぬべし。
6.上にある者、下にある者と才知を争うべからず。
7.人材は必ず一癖あるものなり。器材なるが故なり。癖を捨てるべからず。
8.かくして良く用うれば、事に適し時に応ずる人物は必ずこれあり。


 尚、荻生徂徠は、江戸時代の学者で例の元禄赤穂事件における赤穂浪士の処分裁定論議では、林鳳岡をはじめ室鳩巣・浅見絅斎などが賛美助命論を展開したのに対し、徂徠は義士切腹論を主張し、その結果、赤穂浪士の切腹が決定されたのです。法による統治の重要さをといた人物でもありました。法を大切にする一方で、この心得は、きわめて人情的だなとそのギャップにおもしろさを感じたものです。

2012. 06. 22  
先日、図書館に絵本の読み聞かせのボランティアを依頼しに行ったことを書きました。今週から、やれるということになり、前の日に本を用意し、読む練習もして、いざ会場に行きました。子供と、お母さん方が集まりさあ始まるぞと心構えていましたが、いっこうに紹介されません。少し不安になり、その日の係の男性に「私のこと聞いておりませんか」と尋ねますと、「全く聞いていません」と怪訝な顔をされましたので、元々気は短い方ですので、一気に頭に血が上り、その場で大声を出すわけにも行かず、とにかく館長の所
へ案内して貰いました


無題事情を説明しても、どうなってんのといった感じでした。私が読み聞かせに参加するということは通じていなかったようでした。私も、行政に8年間もいましたので、こんないい加減なことは無いと腹が立ちました。
期待と不安も消え、胸一杯の怒りだけを持って帰宅しました。帰宅して、かみさんに事情を話すと、私より感情の激しい人ですので、怒り心頭に発するといった感じでした。
 
 本市にはホームページに意見欄がありますので早速、事情説明と責任者の回答を求めました。ここからの、本市の対応の早さは、さすがでした。翌日には、館長が謝罪に、次の日には市の部長が謝罪に自宅に来られました。要は、「報告、連絡、相談」の欠落によるミスです。私の現職の時は、「ほう れん そう」をしつこくたたき込まれたものでした。もし、、このたががゆるんでいるのでしたら、この機会に今一度締め直して欲しいとOBとしても願うものです。
 民間であろうと、公的機関であろうと、学校もそうですが一つの組織である以上は、この「ほうれんそう」がきちんとなされてこそ、機能を最大に発揮できるものだと思っています。。
 一度、もめたところに出かけていってもどことなく気まずい感じがしますので、今回は読み聞かせには参加しないことにしました。今回は実現しませんでしたが、読み聞かせサークルもあるようですのでそんなところに入会できたらまたやってみようかなと思っています。
2012. 06. 22  
無題

10年前、還暦の誕生日前に書いた、先生向けへのメッセージです。今、現役の先生方へ改めて送ります。


 昔流で言えば、今年で還暦。まさに、光陰矢の如しを実感するこの1年でした。前任校で悪戦苦闘していた昨年の暮れを思えば今年の暮れは少なくとも精神的には、穏やかな師走を迎えています。それもこれも子どもたちや先生方のおかげと感謝しております。

 さて、年末になりますと普段あまり話題に上らない干支が気になってくるものです。今年は、未年でした。「羊頭狗肉」という言葉がありますが、「学校」という看板を掲げ「教師」という名札をつけて私たちは教育に当たっているのですが、看板倒れになっていなかったか気になるところです。
 「学校」や「教師」という看板が持つ社会の信頼度は、私たちが思っている以上のものがあります。私が自動車のセールスマンをしていた時のことですが、車の代金支払いは一括払いでなければ、通常何回かの割賦払いの手形で落とすのが通常です。その際、契約書を交わすのですが必ず連帯保証人が必要です。しかし、「教師」と言うだけで連帯保証人なし、頭金なしでも売ることができたのです。手広く商売をしている人でも必ず連帯保証人をとらなければ販売ができなかったことを考えればいかに「教師」とういう職にある者への社会的信頼が高いかが分かります。
 
 残念ながら昨今はその信頼も若干落ちてきているような気がします。ほんの一握りの不心得者によって教師の信頼度が低下させられるのは残念ですし、悔しくもあります。
 今、本当に教師困難の時代ですが、学校や、教師に対する信頼を回復するには、現状を嘆くばかりでなく現状を打開していく行動力と決断力が求められていると思います。そして、後ろ向きの退いた考え方、行動では問題は解決しません。たとえ僅かな1歩でも進もうとする前向きな姿勢、行動が大切ですし、こちらの方が、ずっと毎日が楽しいと思うのです。


 かのゴルフ界の帝王、青木功は、「人生、課題がなくなれば、死ぬだけだよ」と言い、常に前向きに向上心を持って取り組み、今でも一流のプレイヤーとしての存在感を示しています。 困難に出会ったとき、後ろ向きにならず、みんなで前を向いて明るく楽しい学校にしていきましょう。  
2012. 06. 21  
 8月までは来ないし、孫とも会えないと思っていましたが、5才の孫の保育参観にこないかと娘からの誘いに、喜んで乗りました。かみさんも帰ってきて水やりの心配もせず行けると思って昨日から泊まり込みで行きました。久しぶりに一緒にお風呂に入り、夕食を食べました。
 今日は朝から大雨。おまけに肌寒い一日でした。保育園の遊戯室で参観保育が始まりました。はじめに歌を歌い、次は体育遊び、最後は英語遊び。外国人の先生とゲームをしながらの英語学習でした。ついこの前まで、腕の中で泣いていた孫娘の成長ぶりに、目を細めました。
 この頃は、公私立問わず幼稚園、保育園にも英語学習が取り入れられているようです、先生の巧みな指導でわずか5才の子供達が英語を聞き、話している姿に時代の変化を感じました。


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プロフィール

よたろう

Author:よたろう
経歴:
元自動車セールスマン、
元 教師、
元 教育委員会指導主事、
元 校長、
現在:フリーター
子 2人 ,2人とも結婚  
孫 3人
 経歴だけ見たら、すごく真面目で、堅物のようですが、いたって普通のジジです。ボケ防止のためにもブログを開設しました。多くの方々と交流できたらと思っています。
子育て、教育、政治、よもやま話しませんか。

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