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もう5月!!

2012.04.30(19:38) 98

無題

 希望の4月、始まりの4月が終わります。定職がないと季節感が無くなります。孫がいますのでかろうじて、春休み、ひなまつり、こどもの日と何とか季節の変化を感じることができます。それにしても、1日1日が本当に早く感じます。もう1年の3分の一が終わろうとしているなんて実感がわきません。一年が67分の一しかないので孫達の5分の1や9分の1と比べると1年は本当に短くなってきたなあと思う昨今です。

 明日から5月。5月と聞けばすぐに思い浮かべる言葉は「5月病」という言葉です。先日、新聞の記事で「5月病」を扱っていましたが、最近は、以前ほど「5月病」って言われなくなったそうです。良かったなあと、思いよく読んでみると、最近は、5月に限らずストレスが溜まり、年中「5月病」が起きているかららしいです。今まで、5月に集中的にストレスを感じていたのが、1年中そんな状態がありストレスの日常化があるとの話に驚くと共に納得もしました。
いつも、ゴールデンウィークの私には、「5月病」はありませんが、ストレスを感じることもあります。ストレスを感じたり、溜めないように、久しぶりに明日は、京都に行こうと思っています。春の特別公開しているところをいくつか回ってこようと思っています。デジカメでたいした写真は撮れないと思いますが、またUPします。

 
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よたろうコンサートに行く!!

2012.04.29(21:19) 97

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 今日は、友人が参加している混声合唱団の定期コンサートにかみさんと行ってきました。今年で5回目の公園だそうです。会場は1800人ぐらいはいるホールでしたが、ほぼ満員の盛況でした。この友人は、昔の教師仲間で、一昨年退職した女性の先生です。新任時代、私のいた学校に赴任し、何回か同じ学年を持った先生です。とってもがんばりやさんだったことを覚えています。退職前2年間は、何かと有り、一時は鬱的になっていて心配したのですが、無事に乗り切り退職し、その後は自分のしたいことをやり、毎日充実した日々を送っているようで羨ましい限りです。この合唱団への参加も彼女の励みの一つのようです、メンバーは80人ぐらいだそうです。今日お見かけした範囲では、皆さんかなりお年をめされた方が多いように思いました。しかし、歌声は、張りがあり、若々しいのに感動しました。
 人間、何かに打ち込むと老けないのでしょうね。彼女も、退職前よりも若い感じになっていました。若さって、年齢ではないんですね。ポックリ死ぬことを考えるより、元気に年齢を重ねていけるようにがんばろうかなと思った1日でした。




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大阪も公教育が心配!!

2012.04.28(20:37) 96

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 今日から、連休が始まります。退職してからいつも連休なので特にどうって事はないのですが、孫達が休みなので相手がしてやれます。中学校になった孫娘はバスケットクラブに入部し、どうも連休中も練習があるようです。そのため、下の二人とお父さん今日から三日間、お父さんの実家に行きました。後半にはこちらに来る予定でしたがそれもダメらしいので、こちらから出かけていき、下の孫達を遊園地でも連れて行こうと思っています。

 それにしても、中学校のクラブ担当の先生は大変だなあと思います。どこかの、偉いさんは中学校のクラブを保護者がやったらなどといっておりますが、何人の保護者がやれるでしょうか。試合のあるときなども保護者の車で移動とかあるようですが、万が一事故ったら誰が責任をとるのでしょうか。学校の先生を馬鹿呼ばわりしたり一部の教師の不祥事を見てあたかも全ての教師がそうであるかのような言葉を耳にすると、むかついてきます。まさに、「木を見て森を見ず」の狭い了見です。

 教師の資質ばかりを問題にするのでなく、教育環境を整えたり、学級定数削減を考えたりもっと大事なことがあるんと違いますかと言いたくなります。「金は出さんが口は出す」教育行政では良い方向に向かうとは思えません。
 大半の先生方は、我が身を削り、我が子に寂しい思いをさせてもクラスの子第一にやっている先生が多いのです。公立の先生は自分の子は私学に行かせ公立をないがしろにしているのではないかといった調査までしたのにはあきれます。人を疑うこと、否定することから行う教育は、必ず破綻します

 「東京の公教育が心配」と元校長のtoshi先生のブログにありますが、都知事崇拝者の我が偉いさんも東京方式を取り入れようとしているようで、東京よりも「大阪の公教育の方」がもっと心配です。「国際的に通用する人間を育成すると」大見得を切っていますが、私は、孫達に、国際人に必ずなって欲しいとは思いません。それよりも先に、父を、母を、兄弟を、友達を、社会的に弱い立場の人を大切にできる人になって欲しいと願っています。
 楽しい連休の始まりに、いやに堅い話になりました。書き出したらついついこんな話になりました。最後までお付き合いありがとうございます。言いたいことはまだまだありますが今日はこのあたりでやめておきます。



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紫陽花

2012.04.27(22:23) 95

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 花屋さんに行くともうたくさんの紫陽花が並んでいます。わが家も鉢植えの紫陽花を育てているのですが、どうも昨年の剪定の仕方が悪かったのか、葉だけ茂り、花が付いていません。植物は、本当に正直なものです。いい加減な育て方をすると花を咲かせてくれません。

                             

 紫陽花といえば、その花言葉は、「うつり気」「浮気」です。この花は、花と見られるところが花びらでではなく、がくといわれる部分です。人目をまどわしているためにこのようなあまり有り難くない花言葉をつけられているのかも知れないと自分流に解釈しています。また、この花言葉のいわれとして考えられることは、植えられている土の成分によって、花の色をいともたやすく変えてしまう為ではないかということです。
 
 ところで、子どもの人格形成に大きな影響を与えるのは、その子を取り巻く環境です。優しさ溢れる環境に育った子は、優しい子になるでしょうし、暴力が日常茶飯事にある環境に育った子<は、暴力的な子になる確率が高いといわれます。     
 子どもも紫陽花も、その育つ土壌に大きく左右されること、また、表面に現れていることだけで、その本質とすることの誤りがあるという点で良く似た存在なんだなあと、紫陽花を見る度に思います。
 今年の紫陽花は、見られませんが、来年は花が見られるようにきちんと育てようと思っています。                


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子ども達の詩 「小さな目」NO2

2012.04.26(17:44) 93

担任していた頃の子ども達の詩 NO2です

 はつかだいこん 二年男 O・K

 きょう きゅうしょくのとき
 学校でつくった
 はつかだいこんを食べました
 だれが一番よく食べるかな
 と思いました
 ぼくは
 十こも食べました
 さいとうくんは
 ちっこいのを
 二十こぐらいもらいました
 でもやっぱり
 先生が
 一番大きいのを食べました
 先生は おとなだから
 やっぱり一番おおきいのを
 食べるんだなあと思いました


 ひめだか  二年男 S・K

 となりから ひめだかをもらった
 水そうの中に もを入れておいたら
 たまごが いっぱいついていた
 そのたまごが いまでは
 小さなひめだかになって
 小さなからだで 一人前に
 およいでいる
 こんな小さなからだの中に
 人げんと
 いっしょのものがあるのかと
 思うと ふしぎだ


 おとうさん  二年女 O・c

 おとうさん なんでしんだん
 おとうさん どうして正月にしんだん
 わたしは 正月にかえってきたのに
 けんこうのさとから かえってきたのに   

 おとうさん やいたとこあつかった?
 わたしは こわかったからみていられへん
 おとうさん しぬのんいややったやろ
 おとうさん しなんといきていたらいいやんか
 おじいちゃんになるまでいきていたら
 よかったやんか





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回顧:「わが家に天使がやってきた」その2

2012.04.25(23:17) 92

昨日の続きです。

子育て 

 同僚から、「孫は元気?」といつもひやかされながらも気持ちだけは新婚気分で子育てしている。上の娘の時は食うや食わずの貧乏の中で育てていたので子育てを楽しむどころではなかったが、次女の場合は、まあ何とか生活できる中で少しはゆとりを持って子どもと接してやれる。(それが、かえってマイナスになっている部分も少なくないが・・・)上の娘によく指摘されるが、少し、甘やかしすぎているなと感じている。他人は、すぐに「年を取って生まれた子はかわいいでしょう。」と言うが自分では上の娘の場合と同じように思っているが、そうは見えないらしい。
近所に小さい子がいなかったため、近所の人にもかわいがられ特に、妻の産休明けから保育所に通うまでの三ヶ月間は、お向かいの家の奥さんに預かってもらったためお向かいの奥さんを第二の母のように慕いしょっちゅう遊びに行ったり、デパートに連れて行ってもらったりしている。大人の中で育ったためか口ばかりが達者で依頼心が強いのが気になっている。
 次女誕生で我が家は明るくなった。夫婦げんかもしなくなり、次女の言動に笑いが我が家に戻ってきた。上の娘の時の子育てを教訓に子育てに励みたいと思っている。

エピローグ 集団の中で 

 保育所に通うことで次女は大きく変わってきたと思う。こわがりで、わがままなところがほんのわずかであるが解消されてきている。食事の後片付けも毎日してくれるようになった。友達と遊ぶことが楽しくて保育所が楽しくてたまらないといった様子で、その日の事を良く話してくれる。基本的生活習慣がまだまだであるが、先生が言われたことは絶対やらねばとがんばることも多々あるようになってきた。やはり子どもは集団の中で育っていくんだなあと思う。


付録

我が家の変人集団

☆お父チャン(四十五歳)   

サラリーマンから教師になった人。一見こわそうだがとってもやさしい(と分では思っている)神経質で時々十二指腸を痛め苦しむ。料理大好き人間。

☆お母チャン(四十四歳)  
 次女にはムチャクチャ甘い。一見やさしそうだが、本当はすごく気が強くて怖い。

☆お姉ちゃん(二十歳)   
 大学三年生。京都に下宿中。目下、学生生活をエンジョイし、年に二、三回しか帰ってこない。

☆次女(五歳)     
「マイペース」から言われている夢見る乙女?おしゃれが大好きで一年生になったらスカートをはいて行くのが楽しみ。

この文章を書いて20数年が経ちます。高齢出産の良さは、夫婦仲良くなることです。なぜなら、一人では体力的にとても面倒見切れなくなるからです。どうしても、二人で力を合わせなければ育てられなかったと思っています。
育てるには何かとしんどいこともありましたが、40才から60才までの間、かみさんと二人きりの生活ではなく、次女がいることで変化のある生活が送れて良かったと思っています。年をとってからの子でしたので、よく寺巡りに連れて行ったりしたせいか、今でもそのようなところが好きみたいです。
 長女は、優しい旦那さんを見つけ子どもも3人授かり、子育てに奮闘していますが、次女はまだ学生をしていて、親としては、早く結婚して欲しいと願っているのですが・・・・。



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回顧:「わが家に、天使がやってきた。」

2012.04.24(19:14) 91

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 昨日は、わが家のつらい過去を書きましたが、今日は楽しかった話を書きます。わが家には、15才離れた姉妹がいます。今は、長女は、アラフォー(3児の母)、次女はアラサー(大学院生)になっています。次女が生まれたときの様子を紹介します。(保育園の冊子の文章の再掲です)

次女出産


プロローグ  決意

“春眠民暁を覚えず”六年前の春の朝。学年度も終わりホッとして朝寝坊を楽しみボーとした顔で階下に行ってテレビのスイッチを入れ、ゴロ寝を楽しんでいた時のことである。その頃何かと喧嘩ばかりして少々顔を見るのもうっとうしく感じていた妻が真顔になりボソッと一言。
「もう一人子ども産みたいねんけど・・・。」
一瞬我が耳を疑い跳ね起きて妻の顔を見つめた。
「えっ、何で?」
「とにかく、もう一人産んでみたいの。」
「そりゃ、僕は大賛成だ。でもマーも高校受験だし、お互い年齢もいっているし育てていけるかな」(夫40才、妻39才)等、何かと話し合い、上の娘(15才)も交えて急遽、家族会議となった。妻の腎臓病の方も心配だったので、主治医にも相談し許可を貰った。
 結果、上の娘の強い要望で即、第二子を産むことに決定した。しかし、いざ産みたいとなるとそう簡単にいかない。それから、しばらくの間は種馬よろしくまさに身の細る(それでなくとも細いのに)思いの日々であった。果ては、上の娘に激励されて子づくり旅行に行き、念願の懐妊。

        誕生
 

 その日は、出張で出かけていた。虫が知らせたとでも言うのか、普通ならちょいと遊んで帰るのに出張先から家に直行した。帰ってみると妻と娘が病院へ行く用意をしていた。陣痛が来たのである。日赤まで電車で行く。
病院の待合室で娘と二人で待っていたがまだ産まれないので帰って待つように指示を受け九過ぎに来たく。娘は高校受験を控えていたのでその夜も受験勉強に励んでいた。夜半過ぎ病院より電話。無事出産。母子ともに健康。涙がこぼれた。
 翌日、娘とともに面会に行き対面。同室の人たちの興味津々の目線を感じながらも嬉しさがこみ上げていた。妻の話によれば上の娘との年齢差(十五歳)のためか担当の看護婦さんに「避妊に失敗したの?」と言われたそうである。(冗談じゃない、十五年間も避妊してきたエキスパートなのだぞ・・・)

 帰る途中育児日記を買って帰る。娘がその育児日記の一ページ目に、

「健康ですくすく育ってください。そして、やさしい子になって下さい。」と記してくれた。それから、三ヶ月ぐらい毎日育児日記を書いてくれた。その中に、こんなメッセージも書いてくれ、私を喜ばせてくれた。

 もう誰も信じられないと思うことがあるかもしれない。
 でも、決してずるがしこい人間になってはいけない。
 人を疑うことしかできない人間にならないで!!
 いつまでも、純粋で正直で素朴な人間であって欲しい。
 そして、絶対に忘れてはならない、人は一人では生きてはいけないことを・・・

                                       (つづく)


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回顧:「ツレが うつになりまして」」

2012.04.23(12:05) 89

4月は新しい出会いと別れの季節です。この季節に思い出すのは、かみさんが先生を辞めたときのことです。当時、先生方に配った文章を再掲します。

何が彼女をそうさせたか

「腰痛で寝返りも打てず悶々とし、ようやく眠りかけたとき1階に寝ている私の枕元に人の気配を感じるのです。目を開けると妻がぼんやり、まるで幽霊のような顔でじっと座って居るではありませんか。びっくりしたものの腰の痛みで起きあがれず、寝たまま、「どうしたん?」と尋ねると妻が泣き声で「そばに居って欲しい。」というのです。50半ばを過ぎた今頃何事かと思いながらもとにかく手を握ってやると「不安やねん。」「胸がドキドキして眠られへんねん。」と訴えてくるのです。そして、「もう、やっていく自信がない。やめてもいい?ごめんな。」と言うのです。

 この4月より、崩壊寸前の学級を担任して以来、家に帰ってきても、休みの日にも教材の準備をしたり、掲示物をつくったりして、まさにい寝食を忘れてやっていたのを見ていましたし、自分が腰痛のため十分に話を聞いてやれなかったこともあって、敢えて反対はしませんでした。しかし、妻が教師を辞めたいと思うようになったのは余程のことなんだなと感じました。

 とうとう妻が34年の教師生活にピリオドを打つときが来たかと思うとなにやら胸に詰まる思いがします。教師を辞めないということが結婚の条件だったほど教師という職に憧れ、夢を持ち続けていた妻がついに音を上げてしまったのです。ショックでした。そして、何も支えてやれなかった自分を情けなく思いました。思えば、この34年間、教師として、妻として、また母として死にものぐるいの毎日であったに違いありません。我が儘で、すぐに病気する私の面倒も見ながらの日々に精も根も尽き果て、崩壊した学級を受け継いで立て直そうとしたがそれもうまくいかず、意地悪な教頭にいじめられ、保護者との板挟みになり、ついに、心の病に冒され辞職への願望が強くなってきたことは否めない事実だと思います。あれほど、我慢強く、努力家の妻を何がそうさせてしまったのか。

 すぐに病気しあまり家庭を顧みないセールスマンの妻として、時には、子連れで家庭訪問したり、教師を辞めたくないがため保育所が開くまで預かってもらえる家をセールスのように回って見つけてきたり、決して弱音を吐くことのなかった妻でした。自分が教師になって妻としてでなく教師として尊敬もし手本としてきた妻の辞めるという言葉はショックでした。心の痛みを共有してやれなかった自分が情けないと思いました。

 校長という職について、健康第一であることはもちろんですが、この学校が、この職場が互いのしんどさを共有し、例え直接手を貸してやれなくても時には愚痴を聞いてあげたり、励ましの言葉を掛け合える温かい教師集団でありたいと思います。

 人の痛みというものは、自分がなってみてはじめて分かるということを実感しました。この数ヶ月は、椎間板ヘルニアというやっかいなもので右足の痛みは立っても座っても寝ても痛くて足を切り取ってしまいたい衝動すら覚えたものです。あれもしなければ、これもやりたいと気ばかりが焦り、何もできない自分に腹も立ち、情けなくなっていました。自分の身体にどこか悪いところがあると本当に滅入ってしまいます。どうか、健康第一に、共にがんばりましょう。

 もう、10年以上も前の事ですが、昨日のことのように思えます。最近では、病気退職者の9割が心の病だと報道されました。教育が、年々難しくなってきているのでしょう。若い先生方をどうサポートしてあげられるのか、いつも心にとめています。
 今は、かみさんも元気になり、自分の好きな裁縫で孫の服や帽子を作ってやったり、週1卓球クラブに行ったりして楽しんでいます。かみさんの、笑顔を見、笑い声を聞くとホッとする私です。



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よたろう回復。感謝!!「遠くの親戚より、ブログの仲間」

2012.04.22(13:44) 88

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 この何日か、体調不良で、パソコンに向かう元気もありませんでした。もう30数年来の主治医の所に行って症状を訴えたら、胃薬と、精神安定剤を処方してくれました。つい3ヶ月前に胃カメラを飲んだところで特に胃に大きな原因があるようではないとのことで、精神的なものではないかという診断でした。めまいは、もともとメニュエル氏病を持っていますので時に発症することがあります。その不安感もいつも持っています。耳は中耳炎、鼻は蓄膿症、(昨年手術済み、機能回復には至らず)目は近眼、老眼、歯は入れ歯、その上口は悪い毒舌、首から上の良いところは、パーツの並びだけとよく冗談で言っていますが、本当に一病息災ならず多病息災でがんばろうと思っています。
 とにかく、もっとゆったりと生活をしていく必要を感じました。何かをはじめると、すぐに没頭するタイプですので、何人かの方のご指摘のようにブログをもっと楽しみながら、自分の体と相談しながらやっていくことが必要なんだと気づかされました。
 体調不良以降、コメントををいただいた方々には、本当にありがとうございました。お一人お一人にお礼を申し上げるのが礼儀かと思いますが、この場を借りましてお礼申し上げることでご容赦お願いいたします。今回の件で、「遠くの親戚より、ブログのお仲間のありがたさ」を実感させていただきました。見ず知らずの、一介の年寄りに心温まるお言葉をお寄せいただき痕謝いたしております。今後とも、よろしくお付き合いお願いいたします。



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よたろう 体調不良!

2012.04.18(18:23) 87

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この2、3日どうも気分がすぐれません。胃痛が時々あり、めまいのような感じがしています。友人が、2000日連続アップをやっているのを見てすごいなと思っています。今日はもうしんどいので、パソコンから離れます。




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2012年04月
  1. もう5月!!(04/30)
  2. よたろうコンサートに行く!!(04/29)
  3. 大阪も公教育が心配!!(04/28)
  4. 紫陽花(04/27)
  5. 子ども達の詩 「小さな目」NO2(04/26)
  6. 回顧:「わが家に天使がやってきた」その2(04/25)
  7. 回顧:「わが家に、天使がやってきた。」(04/24)
  8. 回顧:「ツレが うつになりまして」」(04/23)
  9. よたろう回復。感謝!!「遠くの親戚より、ブログの仲間」(04/22)
  10. よたろう 体調不良!(04/18)
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