2018. 04. 15  
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  今日の夕食は私が全部作りました。さて食べようと食卓に並べ始めていると、かみさんが「おなかが痛い。」と言ってトイレに行きすごい下痢をしたようです。「お腹が痛い。」といって炬燵に入って横になりました。いつもは私がそうなるのに珍しく逆になり少し慌てました。しばらく横になっていたら腹痛も収まってきたようでほっとしました。いつもかみさんにこんな思いをさせていたんだなーと分りました。
今晩は、白湯だけで様子を見ることにしました。いつも元気なかみさんが倒れるとこちらも不安になってしまいます。明日の朝は無事に回復してくれることを祈っています。
2018. 03. 30  
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  今年に入って親しかった友人の死に3度も出会いました。昨日は30年前から通っている耳鼻咽喉科の先生がなくなったとのことでした。何故分かったかというと、喉が痛いので診察に行くと満員で2時間待ってもまだ順番が来なく問い合わせてみるとまだ2時間後になるとのこと。今までは院長先生とその奥さんの先生二人でしたのでそれほど待つことはなかったのですが、先の12月に先生が亡くなられ奥さんの先生一人でやっておられるということでした。そのため時間がかかるとの説明でびっくりしました。この耳鼻科には先代の先生からかかっているのでとてもがっかりしました。私より若い先生でした。何でも話せる先生だったので私にとってはとても残念なことです。どうも跡取りはいないようです。跡取りといえばかかりつけ医の先生も後継ぎがいないようです。私より先にかかりつけの医師が亡くなることはつらいです。病院の先生方も元気に長生きしてほしいとつくづく思いました。
2018. 03. 07  
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  右の腰が痛いです。5日ぐらい前に炬燵で寝ていてひねった感じです。ヘルニアの痛さとは違う感じで、寝ていると痛みを感じません。たぶん、筋肉の痛みではと思います。あと10日後には熊本にどうしても行かなければなりませんのでそれまでに治したいです。明日は先日の胃カメラと腹部エコー検査結果を聞きに行きます。その時整形外科によって見てもらおうと思っています。本当に次から次へとどこかしらが悪くなります。今何が一番欲しいかと問われると「健康」と即答します。
2018. 02. 21  
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  昨晩は夕食後みぞおちが痛く、血圧も170越えになり胸も何となく息苦しくなりました。みぞおちの痛みは午前中からありました。このあたりが痛むと以前は十二指腸潰瘍の再発かと不安でしたが、心筋梗塞をやって以来、また心筋梗塞かなと不安になってしまいます。不安になると血圧も脈拍も上がります。精神安定剤を飲むことが増えました。
 昨晩は、落ち着かなくて、かかりつけ医まで行きましたが曜日を間違えて夕方診察はない日でした。ハアハア言いながら病院につくと閉まっていてどうしようかと思いました。携帯で病院に電話してみました。するといつもは夜勤の看護士さんが出るのですが、昨日は先生が出られ事情を説明するとすぐに診てあげるから裏門から入るように指示されました。先生の声を聴いてほっとしました。
 診察室でお腹の触診などをしてくれ「大丈夫」といって痛み止めの薬と整腸薬を出してくれました。20分ぐらいでしたが、先生にお腹をさすってもらい診察を受け痛みが治まりました。診察をしてもらっていなかったら不安感で眠られない夜を過ごしていたように思います。本当に「気にしい」の自分が嫌になります。このかかりつけ医の先生はもう40年以来のお付き合いで私の性格や病状を知ってくれています。どうしてもの時は入院もさせてくれます。今までどれだけ時間外でお世話になったかしれません。私にとって精神的なよりどころでもあります。今朝は痛みもなくやれやれです。先日余命宣告された友人の見舞いも少なからず私の心を痛めたようにも思います。他人の不幸や悲しみをまともに受け止めてしまう精神的なもろさを情けなく思います。
2018. 01. 18  
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17日は、阪神・淡路大震災から23年になります。23年前には、私は入院してベットの中でした。4階の部屋でしたので結構揺れを感じ、24時間大静脈点滴をしていましたので点滴の棒が倒れないようにするのと同時に枕もとのテレビが落ちないように抑えていました。何分かわかりませんが大きく揺れた後治まってきました。すぐに看護婦さんが飛んできて「大丈夫?」と声をかけてくれました。テレビをつけると神戸の方で大きな地震が起きたとだけ伝えていました。テレビをつけっぱなしにして、すぐに自宅にいるかみさんと次女に電話しました。「大丈夫。」とのことでほっとして、次に新大阪の近くに住んでいました長女のところに電話しました。「水屋が倒れたりで、部屋中がお茶碗などの破片でいっぱいや。でもわたしは大丈夫」との返事でやれやれと思ったことを思い出します。次に甲子園に住んでいた友人に電話しましたがもうその時はつながりませんでした。のちに、ほかの支店の人につながり無事だとの知らせでほっとしました。その日は地震直後からテレビにくぎ付けになりました。初めの報道と違って夜が明けてくるとその被害の甚大さが次々と画面に出てきて体調を崩す感じでした。
 私が十二指腸潰瘍になったのと震災が一緒だったので病気になった時がとても覚えやすいです。それ以来胃薬は欠かせません。2年後の神戸を訪ねてみました。その復興の速さに驚いたものでした。条件が違うとはいえ東北の震災の復興の遅さに苛立ちさえ覚えます。
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プロフィール

よたろう

Author:よたろう
経歴:
元自動車セールスマン、
元 教師、
元 教育委員会指導主事、
元 校長、
現在:フリーター
子 2人 ,2人とも結婚  
孫 4人
 経歴だけ見たら、すごく真面目で、堅物のようですが、いたって普通のジジです。ボケ防止のためにもブログを開設しました。多くの方々と交流できたらと思っています。
子育て、教育、政治、よもやま話しませんか。

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