2018. 02. 21  
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  昨晩は夕食後みぞおちが痛く、血圧も170越えになり胸も何となく息苦しくなりました。みぞおちの痛みは午前中からありました。このあたりが痛むと以前は十二指腸潰瘍の再発かと不安でしたが、心筋梗塞をやって以来、また心筋梗塞かなと不安になってしまいます。不安になると血圧も脈拍も上がります。精神安定剤を飲むことが増えました。
 昨晩は、落ち着かなくて、かかりつけ医まで行きましたが曜日を間違えて夕方診察はない日でした。ハアハア言いながら病院につくと閉まっていてどうしようかと思いました。携帯で病院に電話してみました。するといつもは夜勤の看護士さんが出るのですが、昨日は先生が出られ事情を説明するとすぐに診てあげるから裏門から入るように指示されました。先生の声を聴いてほっとしました。
 診察室でお腹の触診などをしてくれ「大丈夫」といって痛み止めの薬と整腸薬を出してくれました。20分ぐらいでしたが、先生にお腹をさすってもらい診察を受け痛みが治まりました。診察をしてもらっていなかったら不安感で眠られない夜を過ごしていたように思います。本当に「気にしい」の自分が嫌になります。このかかりつけ医の先生はもう40年以来のお付き合いで私の性格や病状を知ってくれています。どうしてもの時は入院もさせてくれます。今までどれだけ時間外でお世話になったかしれません。私にとって精神的なよりどころでもあります。今朝は痛みもなくやれやれです。先日余命宣告された友人の見舞いも少なからず私の心を痛めたようにも思います。他人の不幸や悲しみをまともに受け止めてしまう精神的なもろさを情けなく思います。
2018. 01. 18  
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17日は、阪神・淡路大震災から23年になります。23年前には、私は入院してベットの中でした。4階の部屋でしたので結構揺れを感じ、24時間大静脈点滴をしていましたので点滴の棒が倒れないようにするのと同時に枕もとのテレビが落ちないように抑えていました。何分かわかりませんが大きく揺れた後治まってきました。すぐに看護婦さんが飛んできて「大丈夫?」と声をかけてくれました。テレビをつけると神戸の方で大きな地震が起きたとだけ伝えていました。テレビをつけっぱなしにして、すぐに自宅にいるかみさんと次女に電話しました。「大丈夫。」とのことでほっとして、次に新大阪の近くに住んでいました長女のところに電話しました。「水屋が倒れたりで、部屋中がお茶碗などの破片でいっぱいや。でもわたしは大丈夫」との返事でやれやれと思ったことを思い出します。次に甲子園に住んでいた友人に電話しましたがもうその時はつながりませんでした。のちに、ほかの支店の人につながり無事だとの知らせでほっとしました。その日は地震直後からテレビにくぎ付けになりました。初めの報道と違って夜が明けてくるとその被害の甚大さが次々と画面に出てきて体調を崩す感じでした。
 私が十二指腸潰瘍になったのと震災が一緒だったので病気になった時がとても覚えやすいです。それ以来胃薬は欠かせません。2年後の神戸を訪ねてみました。その復興の速さに驚いたものでした。条件が違うとはいえ東北の震災の復興の遅さに苛立ちさえ覚えます。
2017. 12. 27  
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かかりつけの耳鼻科の先生の診断で、「大きい病院でもう少し調べてもらってください」といわれ市立病院に行ってきました。声がよく枯れるのでちょっとやばいかなと思い、診察を受けるまでもちょっと不安でした。診察室に入ると、とても親切なお医者さんで、自己紹介をしてくれて「よろしくお願いします」といってくれたのにはびっくりしました。
 鼻にファイバースコープを入れてのどの声帯のところの写真を何枚か取り耳の奥の写真も撮りました。そのあとその写真を見ながら説明してくれました。かかりつけ医の指摘したところも大したことなくガンの心配はないとのことでほっとしました。一回の検査で断定するのでなく「もう一度見させてください」ということで来年の1月31日にもう一度診てくれることになりました。心臓の冠動脈の再狭窄の時ひどい扱いを受けた病院でしたが、診療科が違うとこんなにも患者に対する接し方が違うのかと感じました。
 ホッとしてお昼はかみさんとランチの安いお寿司屋さんで食事をして、正月に来る6か月の孫のお茶碗とスプーン、そして動くワンちゃんのおもちゃなどを買って帰りました。やれやれよかったと思っていますとお昼過ぎからお腹が痛くて下痢や吐き気もないものでどうしてだろうと思いました。横になって痛みが治まるのを待ちましたがなんだかどんどん痛くなるように感じ、タクシーを呼んでいつもの心臓の先生の診察日でしたので、診てもらうべく病院に行きました。
 すぐにお腹のレントゲンを撮り、結果はガスがたまっているとの診断でした。この先生の顔を見るだけで病気が治ってしまうような気がしますが今回もきちんと説明してくれ痛みが治まりました。帰りはタクシーが拾えず30分歩いて帰りました。
 本当に気持ちで病気になる自分がいつも嫌になります。その度に付き合ってくれるかみさんに申し訳ないのと感謝の気持ちでいっぱいの一日でした。
2017. 11. 25  
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 今日、市の健康行事で血管年齢を測定してもらいました。今までも何回か受けていますが自分の年齢以下になったことはありません。今回も80歳と出てショックでした。このところずーっと血管にいいものということで青物の魚やノリ類なども積極的に食べていたので今回は少しは年齢ぐらいかなと思っていましたが7歳も上でがっくりしました。血管にいいものというテレビで紹介されるものはいつも積極的に取り入れていたのにと悔しい思いです。まあ、指で測るものはその時の体調などに大きく左右されるようなのでまたいつか病院できちんとした検査をしてもらおうと思っています。今日は、かみさんはプールに行き、私は一人で6500歩、歩いてきました。血管が堅くならないようにこれまでの努力は続けていこうと思います。
2017. 11. 09  
ブロ友さんの記事に、「生きがい」についてのものがありました。それを読んで、ふと今の自分の「生きがい」って何だろうと思いました。
ちょっと古い資料になりますが、内閣府の調査で高齢者に「どんな時に生きがいを感じますか。」というのがあり、その集計が次の通りです。

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 ちなみに国語辞典には「生きがい~生きるに値するもの。生きていくはりあいや喜び」とあります。

「生きるに値するもの」って何だろうと考えます。生きていて、生きるに値しないものってないだろうと思うのです。
「生きていくはりあいや喜び。」の方はなんとなくわかります。上のアンケート結果はそのようなものだと思います。私にもこれらのようなものはありますが、それらが生きがいとは思えないのです。「生きがい」といわれたら毎日の生活で張り合いを感じたり喜びを感じるものではないかと思うのです。
 昨今は、自分が今、生きていること自体が、また生きていくこと自体が「生きがい」のような感じです。何のために生きているかなんて高尚な考えはないような気がしています。
ブロ友さんも「だれかの役に立ちたいとか、自分の足跡を残したいとか、そんな高邁なものでなくていい。大きな理想に燃えなくても、自分が良しとすればいいじゃないかと思う。心穏やかに、心健やかに日々を過ごす。」と書かれていましたが、全く今の私と同じ心境です。朝起きて今日も一日「心穏やかに、健やかに」過ごせたらいいなと祈ります。
 この2年間の病気で、以前よりも死に対する恐れが増しているような気がします。血圧、心拍数が気になり不整脈が起こると心不全になっているのでは、胃が痛むと潰瘍かな、肝臓のあたりが痛むと肝硬変かなとか、おしっこの出が悪いと前立腺がんかなとか妙に不安になってしまいます。病気を心配するたびに、どうしてそこまで「生」にこだわっているのかなと感じることもあります。人間には寿命というものがあり、死ぬときは死ぬさと割り切れたらどんなに楽かなと思うこともあります。
「生きがい」の先にある「死」についても考える歳になったんだなあと思う昨今です。

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プロフィール

よたろう

Author:よたろう
経歴:
元自動車セールスマン、
元 教師、
元 教育委員会指導主事、
元 校長、
現在:フリーター
子 2人 ,2人とも結婚  
孫 4人
 経歴だけ見たら、すごく真面目で、堅物のようですが、いたって普通のジジです。ボケ防止のためにもブログを開設しました。多くの方々と交流できたらと思っています。
子育て、教育、政治、よもやま話しませんか。

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